スケープゴートの晩餐

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スケープゴートの晩餐

使用人の生活スペースは、本邸の西側に建つ別棟にある。浴室付の寝室、談話室、食堂、その他執事長室などがこの2階建ての黄色い壁の建築に備わっている。 晩餐の支度を手伝おうにも、あまりに汚れすぎていたジャックは、先に湯浴みをしなければならなかった。 また、リンゴを1つ食べたことが執事長にバレたため、給仕を手伝えなかったことに加え、更に罰として本日分のナフキン、テーブルクロスの洗浄と手入れを命じられた。 ホルヴァート孤児院には、子供が32名、使用人が10名、ホルヴァート父子の計44名が生活しているため、その仕事量は莫大だ。 全ての仕事を終えるまで、食事も睡眠も許されなかった。 結局ジャックが作業を終えたのは、日付が変わった後だった。辛うじて就寝前の執事長の元へ行き、鍵の束と引き換えにジャックの分のパンを受け取った。もしも執事長が就寝していた場合、ジャックは明日の朝までパンにありつけなかったということだ。 しかし、空腹に慣れている彼にとっては、仮に一食抜いたところで大したことではなかった。 一階の執事長室を去り、手にしたアルコールランプの明かりを頼りに二階の突き当たりにある自室を目指した。古びた床板はよく軋むため、ジャックは内履きを脱いで裸足で慎重に歩いた。 眠りを妨げれば、また厄介なことになると思ったからだ。この手の用心を、ジャックは怠らなかった。細心の注意を払って、やっと最低限の暮らしができる。それが彼の現状だった。 部屋を5つ、廊下に月光を落とす小窓を11枚通り過ぎた先に、ジャックの自室がある。 オークの扉に付いたブロンズのドアノブには、小さな鍵穴が空いている。そこに、スラックスに作った隠しポケットから小振りの鍵を出し、挿して回した。カチリと金属が噛み合う音がすると、ジャックはそっと重い扉を開き、自室へ入った。 一人部屋にしては少々広く感じる一室には、シンプルなベッドに、ミニテーブルと椅子、クローゼットが配置されている。幸い、部屋は他の使用人と同じものを貸し与えられた。 異国の出身であるジャックに対する差別が当然のようにまかり通るこの国では、物置があてがわれることもざらだったため、とても珍しいことだった。故に彼には、この部屋が広く感じた。 ジャックは、院長の兄が差別を嫌う人物だったことを思い出した。彼の13年間の中で、あの医者は数少ない『強い』人間だった。 あれからもうすぐ、1年が経過する。 ジャックは14歳になる。 ジャックはアルコールランプを、ベッドサイドに設置したミニテーブルに置いた。部屋の隅に放置した頭陀袋から、湯浴みをする際に自身と共に洗ったリンゴを取り出した。傷付いた部分が既に傷み始めていた。袋の中には、あと5つ残っていた。 ランプの横にリンゴとパンを置き、席に着くと、薄桃色のティーカップに同じデザインの水瓶から水を注いだ。 ジャックはパンを一口齧り、咀嚼し、飲み込んだ。そして水を飲んだ。 彼にとっては、夕方食べさせられたことも、今自力で食べていることも、大差はなかった。 齧る、咀嚼、嚥下、水分補給、齧る、咀嚼、咀嚼、嚥下、齧る、咀嚼、嚥下、齧る 相手が飽きるまで、食べ続ける。 パンが無くなるまで、食べ続ける。 どちらも同じことだ。 ジャックは考える必要がない。 終わるまで、続けるだけだ。 ライトグレーの瞳には、オレンジ色のランプの明かりが反射していた。 薄暗い部屋には、彼がリンゴを食す音だけが響いていた。
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