【 第1章 親になる!? 】

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 男の子の方は翔に、女の子の方は優に手を繋がれて診察室を出た。診察室からエレベーターへ行く途中、有李斗は女の子を優の手から離し、抱き上げた。  「有李斗?」  「ん?――なあ優、悪くないだろ?お前も怖くないからな。エレベーターまでこうしてろ」  エレベーター前まで来ると女の子を降ろした。そして、自分たちのフロアーへ来ると、今度は玄関まで男の子を抱き上げ、同じようにした。  「有李斗、さっきからどうしたの?」  有李斗の行動の意味が優には全然分からない。その様子を見ている大の口からも何もなくて、優は困っていた。  「俺がこうしてたらダメか?だって、ずっと森や誰もいない研究所で隠れて暮らしていたんだろう?それに、優のクローンって事は、お前の子供みたいなものだろ?なのに知らん顔はできない」  そう、優に話をしていると、男の子の方が有李斗に『パパ』と言ってきた。それを聞いて優が注意をする。  「この人はパパじゃないよ。パパじゃない…」  注意をしている優の顔が、何だか寂しそうで悲しい表情をしていた。  「この子たちに話しても多分、分からないと思う。それにパパの意味すらもな」  有李斗は、優の頭を撫でながら話した。  「さて、ここだ」  そう言って、みんなを部屋へ通した。  「大、悪いが、多田に帰りに子供服を買ってくるように伝えてくれるか。サイズは何だろうか」  「標準よりはかなり小さいからな。4歳くらいの子が着るサイズくらいか?さすがの俺も、子供服の事までは分からんなあ。しかし有李斗、お前さあ、どうした?さっきから変だぞ?見てて気持ち悪い。優だって困ってると言うよりドン引きだぞ、あれ」  「ああ。分かってる」  大の言いたい事は分かる。有李斗自身、自分でも不思議でいた。部屋で優から説明された時は『やはりいたのか』と思ったくらいだった。しかし診察室へ入り、この子たちを見たら、ある感情が込み上げてきた。  ――それは、初めて優を見つけた時と同じような、でも少し違う感情。どちらにしても愛おしいと言う言葉に繋がる感情である事は確かだった。  「まずは風呂だな。ずっと入ってないだろ?翔と言ったか?お前も入れ。それから優、何か柔らかい、胃に負担がないものを作ってあげてくれ。服が来るまでは、子供たちには優の、翔には俺のでいいか。大、申し訳ないが売店で下着だけ買ってきてくれないか?悪いな」  「了解。じゃあ、ちょっくら行ってくる」  大は売店へ行った。優は子供たちの食事の支度を始めた。  【有李斗、本当にどうしちゃったんだろう…】  お粥でもと思い、作っていると、女の子の方が優の所へ来て、服の裾を引っ張った。  「どうかした?」  「ねえ、ゼロ、あの人はだ~れ?優しい人なの?ゼロの家族?そしたら私の家族?」  女の子は不思議そうな顔で優を見た。  「あの人は、僕の旦那さま。だから家族。でも君の家族ではないよ」  「そっか。家族じゃない…」  優に家族じゃないと言われ、泣きそうな顔をしていた。それを見ていた有李斗が2人に言った。  「その話はあとにしよう。まずは風呂に入らなきゃな。キレイにして、よく温まって、その後は食事をしないとだ。話はそれからだ。…よし、行こうか」  有李斗はそう言って、子供たちを連れ、お風呂へ行った。  【う~ん、有李斗…】  そんな中、大が戻って来た。途中で先生と会い、一緒に来た。  「あいつらは?」  「今、お風呂。――ねえ大。有李斗どうしちゃったのかなあ。もの凄く楽しそうなんだけど…。有李斗って子供が好きだったの?」  「いや、正直あんまり好きじゃないはず。うるさいし、人の都合考えないってよく言ってたし。さっきから俺も気にはなっているんだが。多分、お前と同じ顔、似てる顔だからじゃないか?」  「う~ん…。そうなのかなあ…」  そんな話をしばらくしていると、子供たち・翔・有李斗が賑やかにリビングへ戻って来た。  「ほら、ちゃんと拭かないと風邪をひく」  有李斗が、子供たちの頭を順番に拭いていく姿があった。  「ねえ、パパって呼んでいい?」  「僕も呼びたい」  子供たちは、有李斗に抱きつきながら、そう聞いていた。  「翔、何でこいつらはパパって呼び方に拘るんだ?」  「…多分、それは最後に見たビデオのせい」  「最後に見たビデオかあ」  【そう言えば、優も最初の頃に『家族とは』のビデオを見たと言ってたな】  優が出会った頃に話していた事を思い出す。  「そうか。ビデオかあ」  「ねえ、いいでしょ?パパって呼んでも」  そう、子供たちが有李斗にお願いをしていると、トコトコと優が近づいて来て、有李斗から子供たちを離した。  「ダメ。この人はパパじゃないの。君たちの事はちゃんと考えるから静かにして。翔も見てるだけじゃなくて、この子たちをちゃんと見てて」  珍しく、本気で優が怒った。でもその表情は、怒ってはいるが、泣きそうな苦しそうなものだった。  「優、どうした?」  「有李斗、だって…」  優の顔を見た有李斗は、大たちにお願いをした。  「大、先生。すみませんが、3人を見ててもらえますか?」  「ああ、いいよ」  【そりゃあ、有李斗のあの態度を見てりゃあな】  大は先生と顔を見合わせ、溜め息をついた。  「優、向こうで話そうか」  有李斗は、優の手を優しく握り、寝室へ連れて行った。――部屋へ入り、カギを閉め、優の手を引っ張り、自分の懐へ収め、強く抱きしめた。  「優?」  有李斗に名前を呼ばれ、優は上を向いて有李斗を見た。そして、自分を見た優に、有李斗はそっとキスをした。  「んん…はぁ…有李斗…」  「俺が子供たちに良い顔をしているのが気になるのか?」  優にゆっくりと問う。  「うん。だって…」  優は、そこまで言うと、話すのを止めてしまった。  「うん。だって?…そのまま、お前が思っている事を言ってごらん」  有李斗が、優しく言葉を続けられるように誘導する。  「有李斗はパパじゃない。研究所にいる時は仕方なく僕もお世話をしていたけど、クローンだよ?ずっと、どう思っていいか分かんないままいたの。有李斗…。自分の子供じゃないのに、自分と同じ顔していたり、家族じゃないのに自分に似てたりした子が急に家にいたらどう思う?僕はずっと分からなくて答えは出なかったの。研究所から出て、みんなを気にしてたし心配ではあったけど、ここに急に現れて、しかも有李斗をパパって呼ばれて。僕はどうしたらいいの?僕は有李斗みたいに笑えないよ…」  有李斗に自分の気持ちを話しながら、目から涙が零れた。  「… …ごめんな。俺ばっかり先走って。俺の感じた事を聞いてくれるか?」  「うん」  「女の子を見た時、お前を初めて見た時と同じような気持ちになったんだ。診察室で見た最初はそう思ったんだ。でも、少し時間が経ったら、愛おしい気持ちは似ていたけど少し違ったんだ。この小さい命を優と一緒に育ててやりたい。そう思ったんだ。おかしいだろ?――お前と初めて会った時、ずっと一緒にいたいと思った。だから、今あの子を思った気持ちも、きっと間違いではなくて、お前と一緒に俺たちの子供として育てたいと思った。男の子の方だって半分はお前だろ?もう半分を考えると、…まあ、少し大人げないが、複雑ではあるけどな。でも、片方だけって言うのは。だって、やっぱりどっちもお前の遺伝子を持つ子供だしな。そう思ったんだ。お前が不安なのは分かる。俺だって子供なんて持った事はないし、両親が揃っていたわけじゃないから、親子がどういうものかも分からない。しかも俺の遺伝子は、ほんの少しも入ってないんだからな。だけど、それでも俺は、会った時の自分の最初の直感を信じたいと思う。――それとも、やっぱり何処かの機関へ渡すか?」  突然の有李斗の申し出に、優は感情と理解が追い付けないでいる。有李斗にギュッと抱きついて、泣きながら言う。  「ねえ有李斗、おかしいよ。僕、分かんない。何で急に僕たちの子供になっちゃうの?僕、どう思っていいか分かんない」  「ああ。そうだな。急すぎて答えなんか出ないかもしれないな。でもな、今言ったように、お前の遺伝子を持つあの子たちを、国の機関へ渡したくないんだよ」  「有李斗が言ってくれている事も分かるよ?でも…。急にそんな…。僕が親なんて…」  「分かってる。俺が勝手に思い、決めようとしている身勝手さを。じゃあ、こうしよう。面倒を見ていって、無理そうなら専門機関へ渡す。翔は、1人でやっていけるようになったら、そうしてもらう。勝手な言い分なのかもしれないが、とりあえず生活を共にしてからじゃないと何も分からないしな。それでどうだ?」  「でも、パパって呼ぶのは…。」  「そうだなあ。じゃあ、どうやって呼ばせる?名前呼びもなあ。俺だけパパが嫌なら、優をママって呼ばせてしまうのはどうだろう」  【ん?僕がママ?確かに間違ってはいない気もするけど…】  「う~ん。あのね。分かってはいるんだよ?でもね、素直にうんって言えないの。どうしよう…」  有李斗は、悩んでいる優をベッドまで連れて行き座った。自分の方に向け、深いキスをする。  「ん…んん…」  「心配するな。俺の中で、お前は一番だし、子供ができたからって、お前に対しては手を抜かん。大丈夫だ」  そう言いながら、ニヤリとして再度キスをした。  「優、お前が一番だ」  「うん」  ほんの少し、2人の静かな甘い時間を過ごしていると、ドアをノックする音が聞こえた。  「もう、そろそろいいか?悠一さんも来たんだ」  「ああ、分かった。すぐにそっちへ行く。――優、さあ行こうか。お前はずっとこうして俺の所にいればいい」  「うん」  優と手を繋ぎ、リビングへ戻った。  「みんな申し訳ない。先生と多田も忙しいのにすみません」  みんなが揃ったところで、有李斗が本題に入った。  「話し合いをするつもりだったんだが、優と話した事を言う」  「話した事って何だよ」  大が、少し強めの口調で言った。それは、有李斗が言おうとしている事が何となく分かっているからだ。有李斗が子供たちに接していた態度を見て気になっていた。あれだけ優に似ているのだ。大からすれば、有李斗の考えそうな事に予想がついた。  「この2人を、俺と優の子供として育てようと思う。もちろん、すぐに上手くいくとは思ってない。俺も優も男だから母性と言うものは持ち合わせていないだろうし。何より生まれたばかりの子から育てていくのとも違う。普通の人間じゃないしな。この子に関しては、俺も優も持っていないオオカミが入っている。それでも2人でやってみようと思った。と言っても98%くらいは俺だけの判断だ。優からの返事は残りの2%あるかどうかだ」  有李斗の話を聞いて、みんなの言葉が詰まる。多田に関しては、何の話をされているのかも理解ができない程、混乱していた。先生も固まって一点を見つめている。それでも、予想していた大が最初に口を開いた。  「あのさ、お前がそう言うだろうなあとは思ってたよ。でもな、優の時にも言ったが、いくら何だって犬や猫を育てるのとは違うんだぞ?優は、まあ、年齢が大人だったからどうにかなったが、こいつらは子供だ。実の子供だって育てるのは大変なんだぞ?俺も先生も、これは毎日、嫌って程見てる。それを、お前にできるわけねえだろ。優だって、やっと外を出歩けるようになって、お前とこれから色々やろうって時に、お前、優に子育てさせるのか?いい加減にしろよ。それより、ちゃんとした機関にお願いした方が、こいつらにも良いんじゃねえか?」  大が言っている事はもっともだ。それでも有李斗は頷かなかった。  「なあ有李斗、聞いてるか?」  有李斗に問うが、じっとしていて答えが来ない。  「おい、返事くらいしろ!!」  大は有李斗に怒鳴った。  「あ、ああ、悪かった。少し頭の中で整理をしていたんだ。申し訳ない。大、お前の言っている事はもっともだ。… …本当は、この子だけを引き取ろうと思った。この子なら優だけのクローンだから、優の子供として問題なく育てられると思ったからな。でも、じゃあ、この子は?って思ったら…。見た目は翔そっくりだし、遺伝子も翔のが強く出ていると聞いているから、複雑ではあった。でも半分は優だろ?2人とも優を引き継いでると思ったら、他の奴に渡したくないと思ったんだ。それに、優を初めて見た時、こいつを離したくないとすぐに思った。今回、その時と同じ感情が出たんだ。だから、その感情を信じたいと思った。大の言う通り、俺みたいなのが子供を育てるのは無謀だと分かってる。でも、ここの環境なら2人を育てられると思った。病院だし、俺と優の身体をよく理解してくれている医師はいるし。――正直、2人で育てるとはいかないだろう。3人にもたくさん迷惑をかけると思う。と言うより、できれば優の時と同じように、3人にも一緒に関わって欲しいと思っている。――言い方が悪かったらすまん…。 …大と多田だって子供は無理だろ?でも、大。お前、子供好きじゃないか。だから親戚のおじさんのように、一緒にこの子たちの成長を見て欲しいんだ。もちろん普段は俺と優で育てる。たまに手を貸して欲しいんだ。――分かっている。俺の我儘だと。綺麗事しか言えていない事も。それでも一緒にいさせて欲しい。でもな、優が負担になるのは嫌なんだ。だから最初は、こいつらが安定するまでの試しと言う形でやってみて、本当に無理そうなら、ちゃんとした機関へお願いする。そう思っているんだ。どうか分かって欲しい」  有李斗は自分の思いを吐き出した。そして、怒っていた大も、それを聞いて黙ってしまった。  静まり返った部屋で、男の子が言った。  「ごめんなさい」    そのあとに女の子も言う。  「ごめんなさい。私たちのせいで怒られちゃって…」  そう言うと、2人とも泣き出してしまった。  有李斗は急いで女の子の方を抱き上げ、少し揺らしながら、背中を優しく擦ってあやした。  「ごめんな。大人の話の中にいたら怖いな。こんなの見せてごめんな」  有李斗の、その姿を見て優が傍に行った。  「僕が代わるから、有李斗はそっちをお願い」  優は女の子を抱き、有李斗には男の子の方をお願いした。  「さっ、おいで。ごめんな、怖い思いをさせて」  有李斗は男の子の方も、さっきと同じように抱き上げて、少し揺らしながら背中を擦ってあやした。  そのうちに子供たちは眠ってしまった。  「2人とも寝ちゃったね」  「優、ここでちょっと見ててくれるか?寝られるように支度をしてくる。みんなも申し訳ないが、少し待っていて欲しい。子供たちを寝かせてやりたい」  有李斗は、みんなにそう言ってからゲストルームへ行き、ベッドから布団を床上へ移動させた。ベッドには柵がないので落ちた時に危ないと思ったのだ。  支度ができ、優の所へ戻る。  「優、連れて行こうか」  「うん」  子供たちをゲストルームまで運ぶと、ベッド下に寝られるようになっているのが優の目に入った。  【これ、有李斗がやったんだよね?ちゃんとこの子たちを考えてこうしてくれたんだ】  2人を布団へ寝かせ、優は有李斗に声を掛けた。  「ねえ、有李斗…」  「ん?」  「本当にいいの?僕は自分のクローンだから納得もできるけれど、有李斗は違うでしょ?有李斗にとっては全然関係ない子たちだよ?それに、僕が一番怖いのは…」  優は途中まで話して黙ってしまった。その様子を見て、有李斗は優を抱き寄せた。  「優?―― 一番怖いのは、この先、俺が、この子たちやお前と距離を置く時が来るかもしれないって事か?」  優は自分が思っていた事を有李斗に言われ、ただ一言頷くしかできなかった。  「うん」  それに有李斗が答える。  「それは問題ない。子供は子供、お前はお前だ。子供は時が来れば嫌でも親の傍を離れる。でも、お前にはそれがないだろ?それに、これも手は抜かないってさっきも言ったろ?」  不安で寂しそうな顔をしている優に、キスを落とした。  「有李斗、いるから…」  「ああ。でも、このくらいなら大丈夫さ。このくらいなら、親が仲良くしてるくらいにしか思わないと、向こうの研究所の人が言ってたぞ(笑)」  有李斗が明るく話している所に、優が聞いてくる。  「ねえ、何で有李斗は平気なの?えっと~、子供たちの事ね。――もしかして有李斗は、この事を知っていたんじゃないの?」  最初は大が言っていたように、自分に似ているから育てたいと言っているのだと思った。でも、有李斗を見ていて、本当にそれだけで子供が苦手な人が急に育てたいと簡単に言えるのかと考えた。しかし、ずっと前から知っていたとすれば、今の有李斗が落ち着いている事も理解ができる。  「有李斗、違う?本当は、知ってたんでしょ?」  優にそう言われ、有李斗はしばらく黙っていた。そして、一点を見つめたまま答えた。  「お前には隠せないな。いつだって隠し切れないでバレてしまう。そんなに隠すのは下手じゃないんだがな」  フフッと笑い、そして話を続けた。  「実はな、向こうの研究所で、お前たち実験対象者のクローンがいたかもしれないと言われていたんだ。特に優に関しては高確率でいるだろうと。だから、もし本当にいた時は、その子の状況によっては引き取ってもいいと考えていたんだ。今日、大から連絡が来た時、こんなに早くその日が来たのかと思ったよ。――正直、驚いた。でも、実際会ってみたら、こんなにも似ているのかと思ってな。まあだから、向こうにいる時から心の準備はできていたんだ。しかし、まさか2人いたとはな(笑)。しかも男女1人ずつ。男の子の方は羽じゃなくて耳が出ているんだな。子供だから上手く仕舞えないようだ。可愛いな。それに、お前そのものの女の子。こっちは、俺も一緒に作ったわけじゃないが、俺とお前の間にできた子だと本当に思えるよ。こんなにもお前にそっくりなんだから。こんな可愛い子供たちを国の機関の、どうなっているのかも分からないような所へ渡せるか?俺は、お前の子を渡してしまう気がして嫌なんだよ。――でも優、お前が本当に無理だと思うなら、その時は国の機関へ渡そう。そこへ行ってしまっても援助はできるからな。俺の中でお前が一番だから、そのお前が苦しんだり悲しんだりするのだけは嫌なんだ。これは、どんな天秤に掛けたって比になるものはない」  自分と離れていた間にも、こんな事態を想定し、色々考えてくれていたのかと、優はただ驚くしかなかった。  あの日の計画にも驚いたが、『早瀬 有李斗』と言う人は、多田が以前言っていたように、どんな事にも先々まで考えているのだと本当に分かった。自分はそんな人に愛され、奥さんにしてもらったのだと改めて実感した。その人が、この子たちを自分の子供にして育てようと言うのだ。きっとこの先も、色々問題が出てくるだろう。でも、この人と一緒に考え、共にいれば、仮令ゆっくりでも、2人で確実に前へ進めると思った。  「有李斗、ありがとう。でも、有李斗がクローンの話を聞いていたなんて。僕たちと離れた場所でまで悩ませてごめんなさい」  「何で謝るんだ?お前のせいじゃない。気にするな。――さて、みんな待ってる。行こうか」  「はい」  布団で寝ている子供たちを、もう一度見てから、みんなのいるリビングへ戻った。何かあってはいけないので、子供たちがいる部屋のドアは開けたままにした。  「みんな、待たせて申し訳ない。実は、さっきの話には続きがあるんだ」  有李斗は、この件については言わないでおこうかと思っていたが、優に分かってしまい、逆に話した方がいいかと思い直して、みんなに話す事にした。  「実はな、この件は俺は知っていたんだ」  有李斗の言葉でみんなが驚いた。  「知ってたってどういう事だよ」  「向こうの研究所にいる時に言われていたんだ。優のクローンがいるはずだって。詳しい事は聞いていなかったんだが、その時から決めていたんだ。この先、その子に会う事があれば、俺たちの子供として迎え入れようって。まあこんなに早く、こんな形でその日が来るとは思わなかったがな。――ところで先生。実は、先生もご存知でしたでしょ?こんな日が来るかもしれない事を…」  有李斗から先生への問いに、みんなが先生の方を見た。先生は少し考えてから、有李斗と優を見ながら答えた。  「うん。向こうの研究所からは最初、それとなく聞かれていたんだよ。クローンを知らないかって。でも途中から、本当はそのデーターを持っているんじゃないかって言われてね。もちろん、僕の手元にはそんなのないから、知らないとしか答えられなかったんだけど。あまりにしつこいから、多分いるんだろうなあとは思っていたよ。――でも、まさか本当にいて、ここに来るとはねえ。しかも有李斗くんも知っていて、自分の子供にしようなんて考えていたとは。さすがに僕もビックリしたよ」  先生は申し訳なさそうにみんなに話した。そして、更に話を続けた。  「でもさ、有李斗くん。さっき大が言っていたように、実の子供だって親が苦しくて大変な時が多いのよ。それを、既に5歳くらいになっているような子、しかも2人も育てられる?もちろん僕だって手は貸すし面倒を見るよ。僕にも妻との間に子供はいなかったから、一度くらい子育てしてみたいしね。だけど、あの子たちは有李斗くんの血を分けた子供じゃないし、普通の人間じゃない。しかも片方は、優くんですら持ち合わせていないオオカミが前面に出てる。さっき、耳も出てたしね。オオカミだし子供だから、もしかしたら噛み癖とかもあるかもしれない。子供だから耳や羽が頻繁に出てしまうかも。成人まで十数年、ここに閉じ込めて置くわけにはいかないよ?――うん。きっと君の事だから、全て考えた末の答えなんだろうけど…」  先生からの話は終わったが、みんな黙っていた。  少し経ってから多田が口を開いた。  「有李斗さまがここまで言うとなると、私がどんなに反対をしてもお聞きにはなりませんよね?きっと…。ですから優。いえ、奥さま。貴方さまに早瀬の人間としてお聞きします」  有李斗と優の子供として迎え入れるという事は、将来、早瀬を背負って立つ立場になるかもしれない。多田としても軽く返事をする事ができないのだ。早瀬の人間として、優へ真剣な顔で問う。  「奥さまは、有李斗さまの言われたようにするおつもりですか?先程、有李斗さまは、奥さまの意見は2%くらいしかないと言っておいででした。それでは、あまりにもパーセンテージが違い過ぎると思うのですが。ご自身としての意見があるのであれば、お話しして頂けませんか?」  優も、多田が自分を奥さまと呼び、早瀬の人間として意見を求めているのだと、きちんと受け止めた。早瀬の者として、静かにゆっくりと話し始めた。  「――まずは、みなさんごめんなさい。また、私に関わる事でご迷惑をお掛けしました」  そう話し始めた優の言葉遣いは、今までに聞いた事のない話し方だった。きっと何かの場で話せるように、練習をしていたのだろうと多田は思った。優の事だ。きっと、有李斗に恥をかかせないよう、早瀬有李斗の妻として、先ずは話し方を練習するだろうと思っていた。それを、今見られるとは思ってもいなかった。もちろん有李斗も驚いている。  「初めは私は反対でした。研究所にいる時から、自分の子供ではないのに自分と同じ顔だったり、似ている子を普通の目では見られませんでした。ずっと、どう思えばいいのか分からなかったのです。ですから先程まで、あの子たちには少し冷たい態度をしました。――やっと自分の生活が静かに動き出したのに、あのような子供たちに邪魔されたくなかった。でも、その反面、研究所から逃げて来た時からずっと、気にはなっていました。ただ、気にすると頭がギュッとなって怖かったんです。だから気にしないようにしていました。… …でも、有李斗さんが、あの子たちを可愛いと。私に対してと同じように、あの子たちも可愛いと、そう言ってくれました。それに、向こうの研究所にいる時から、今日の事を考えてくれてて。あの日もそうだった」  途中からは、優のいつもの言葉になっていった。  「――あの日もそうだった。いつも先を見て、ちゃんと考えてくれてる。そんな人が自分の旦那さまなんだもん。だから有李斗の言葉を信じようってそう思ったの。もし、難しい事があっても、有李斗とならゆっくりでも前に進めるってそう思ったの。だからみんな。あの子たちを、僕のクローンをここで一緒にいさせて下さい。僕と有李斗の子供として認めて下さい。お願いします」  目に涙を溜めながら、一生懸命みんなに頭を下げ、お願いをした。そして、多田がそれに答える。  「奥さまの、…いえ、優の意見も分かりました。丁寧にお話し下さってありがとうございます。お2人の意見がそのようであれば、私は従うしかありません。ただ、私も子育てをした事がないので、ちゃんとできるか分からないのですが…。私が有李斗さまのお世話を始めたのも高校生の時でしたし。それでも、お2人の力にはなりたいと思っています。そこは忘れないで下さい。――それで、大のお気持ちは今も変わりませんか?」  優のしっかりした答えを聞き、多田は早瀬の人間として従う事にした。  大は多田から意見を求められたが、まだ答えが出ないのか、遠くを見ながら話し出した。  「そうだな。俺は子育てもした事ないし、親にピッタリくっ付いて育てられた事もない。付き人もいなかったしな。だから、親子に関する色んなものが未経験だ。――ただ俺は医者であるから、それなりの事はしてやれる。でもな、前に有李斗から『お前みたいなガサツな奴に優を見させたら死ぬに死にきれん』って言われたんだが、そんな俺でもいいのか?いいのなら手助けはしてやれる。あと、さっきも言ったが、本当に無理そうなら、その時は国の機関へ渡す。それでもいいなら、あとは有李斗と優に任せる」  話の途中でニヤリとしながら有李斗を見て、そう答えた。  「そうかあ。大も多田くんも賛成なんだね。僕は獣医の資格もある。まあ、オオカミは専門じゃないから基本くらいしか分からないけど、犬は獣医なら分かるからね。だから協力はしてあげられるよ。でも、僕こんなだよ?(笑)。場合によっては大よりも不良親父だけども、それでもいい?」  先生の言葉を聞いて、みんなが笑った。  すると、有李斗が立ち上がって頭を下げた。それを見た優も立ち上がって頭を下げた。  「みんな、ありがとうございます。子供が2人も増えるという事は、みんなの静かだった生活も変えてしまう。本当に迷惑しか掛けなくなってしまう。ですが、それでもいいと言ってもらえました。これから更に色々ありますが、よろしくお願いします」  それを見た大が言う。  「有李斗、頭上げろ。優も。ここは子育てした事のない奴らの集まりだから、どんな子に育つか分かんねえけど、どうにかなるだろう。――ところで、あの子らの名前、本当に番号しかないのか?」  「うん。あの2人には番号しかないの。でも僕は番号でも呼んだ事もなくて、ねえとか君とかでしか言ってなかった」  優は、自分が研究所で面倒を見ていた時の事を思い出していた。  「そうか。名前は、あとでゆっくり考えような」  思いはそれぞれあるが、それでもここで育てられると思うと、有李斗はホッとした。  「で、次はこいつだな」  大が翔の方を見る。  「お前、歳はいくつで苗字は?」  子供たちの話が終わると、次は翔の事になった。翔も研究所育ち。知らない言葉で質問され、オドオドしながら聞いてみた。  「歳は多分、ゼロと同じか少し上。苗字って何?」  「苗字って言うのはね、翔の前に付く部分の名前なんだけど。僕なら名前が亨で、苗字が一ノ瀬。まあ『一ノ瀬 亨(いちのせ とおる)』って言うんだけど、一ノ瀬が苗字の部分だね」  先生が説明をする。  「分かんない。俺の番号は1(イチ)。翔か№1しか分かんない」  「№1って事は、優くんの次に対象になった子って事かあ。だから2人のクローンなんだろうなあ。って事は、翔くんだけのクローンもいるって事?」  先生は翔の肩を擦りながら、自分のポケットに入っていた飴を渡し、考えていた。翔は、その飴の袋を見ながら答えた。  「いた。でも病気で死んだ。研究所での食事はサプリだから、食べものが少なくて病気になったんだ。そう聞いた。俺のコピーは、少ない食事の生活に耐えられなかったんだろうって」  翔はそこまで説明をして、下を向いた。  話を聞いたみんなは、あまりの酷い内容に心を痛め、言葉を失った。  「そんな…。酷い。子供が死にそうなのに食事を与えないなんて。サプリだけなんてそんなの…」  泣きそうな多田を、大は自分の方へ引き寄せ肩を抱いた。  「そうか、分かった。翔、話してくれてありがとうな。さて、どうすっか。――先生、しばらくこいつを一緒に住まわす事って大丈夫ですか?」  「うん。いいよ。まあ、男の一人暮らしだから楽しいかは分からないけど、翔くんがそれでも良ければ」  翔の肩をポンポンと優しく叩きながら言う。  「翔、しばらく先生んちで世話になれ。ちゃんと色々教えてもらえよ?」  「うん」  先生に頭を下げて、お願いしますと言うような動作をした。  「食事はどうすっか。チビいるしな」  その事を聞いて、有李斗が話す。  「それなんだが。俺と優にも仕事がある。さすがに、あんな幼い子を夜遅くまで起こしてはおけない。だから今まで通り、週末や休日以外は家で食事をしようかと思う。優、それでもいいか?」  「うん。それの方が、あの子たちの食事も作りやすいから」  そう答えた優が、いつもと違う表情で有李斗の方を見た。それはまるで、母親になった女性のようだった。優にそのようなものが備わっていたのかと、ついジッと見てしまった。  「有李斗、な~に?」  自分に視線が当たっているような気がして振り向くと、有李斗がジッと見ていた。  「あっ、いや、何でもない。気にするな」  話をする有李斗の顔が何故か赤く染まる。恥ずかしいのか下を向いた。  【有李斗どうしたんだろう…】  有李斗の顔を見て、優は少し気になった。  その姿を見て、有李斗の心内を分かっていそうな大が話を進める。  「分かった。何かあったらすぐ呼べよ。っつーか、お前ら、仕事すんのか?」  「数日は家でやらせてもらうよ。様子を見て大丈夫そうなら一緒に連れて行こうと思うのだが」  「一緒に行くのは構わねえけど、ずっとお前らの所にいるってのもなあ。あの耳とかちゃんと隠せれば、院内の保育園に預けりゃいいんだけど。四六時中一緒だと、育児ノイローゼになんぞ」  子供がいなくてもやはり医者で、そのあたりの事は詳しかった。  「まあ、環境に慣れてから考えればいいと思いますよ?私たち大人も、新しい生活リズムに慣れないといけませんし。忙しくなりますね。子供のパワーって凄いみたいなんで。あっ、そうだ。子供たちの洋服です。私は、まだあの子たちと会っていなかったので適当に買ったんですけど、これでいいですか?」  自分の近くに置いてある袋を優に渡した。中を開けると、有李斗と大が予想していた、色違いの可愛いクマの絵の服だった。  【【やっぱり】】  有李斗と大は、思わず顔を見合わせクスッと笑った。  「ありがとう多田さん。可愛いお洋服。小さいねえ。洋服だけを見ると、こんなに小さいんだねえ。ねえ、有李斗」  有李斗と大とは違い、優は楽しそうに見ていた。  服を手に取り、話してくる優が、さっきと同じ何とも言えない表情で有李斗を見てきた。  【これは、まずいな…】  有李斗は思わず息を飲んだ。それを見ていた大はニヤニヤしながら言った。  「有李斗、お前なあ(笑)」  その先は、さすがの大でも言葉には出さず、ニヤニヤするだけにした。  「な、何だ?気持ち悪い」  自分の思っている事が大にバレてしまったと有李斗は気づき、そう言葉を返した。  「いいえ~、別に~」  大は、それだけを言ったがニヤケ顔はそのままだった。先生は、そんな2人を見てククッと笑っていた。  「――じゃあ、しばらくはそんな感じでいいな」  大が確認を取る。  「まあ、生活はそれでいいとして、あの子たちの名前を考えないとねえ」  「そうですねえ。名前がないと困りますし」  先生と多田の会話をきっかけに、ガヤガヤと名前を考えた。  ――「よし決まったな。男の子は『月斗(つきと)』、女の子は『李花(ももか)』。でもよ~、両方に優の名前が入ってないけど、いいのか?」  「うん。使いづらいよね、僕の名前。それより、有李斗の名前を使って平気?」  「ああ。逆に俺のばかりでいいのか?」  「有李斗の名前が入っていた方が、大切に育てられる気がするの…」  「そうか…」  恥ずかしそうに話す優がいた。優のその言葉に、有李斗も恥ずかしそうにしていた。  「よし!これで決まりだな。今日は、まあ3人とも疲れてるだろうから、このままにして、明日検査していいか?ずっと外暮らしだったわけだから、ちゃんと診てやんねえと」  「うん。今日は翔もここに泊まって?急に別々になったら、あの子たちも不安かもしれないから」  優が、翔にお願いをして、今夜は子供たちと一緒にいてもらう事にした。  「いいのか?」  「うん」  「じゃあ、そうする」  この夜は、そのまま有李斗宅で食事をし、お開きにした。  
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