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01 黒猫の彼女
彼女の家の窓辺に猫がいることに気づいたのは少し前のことで、彼女がいつから猫を飼い始めたのか僕は尋ねてみたくなった。
彼女の家は可愛らしい水色をしていて、真っ黒な猫がいる出窓の縁と柱と梁が白く強調されている。昔は壁が黄色だったけれど柱の白さだけは変わらなくて、きっと僕と同じように変わらないでいてくれたのだと思いあがることにした。
何故窓を見上げているのだろう。ロミオとジュリエットみたいに愛を伝えあうわけでもないのに。むしろじろじろ覗きこんだら不審者だ。
恥ずかしくなって早足で立ち去っても、僕の心は置き去りになったままだ。
彼女とは幼馴染だった。幼稚園も小学校も中学校も一緒で、特別仲がいいわけではないけれどお互いのことはそれなりに知っていたし、必要があれば会話もした。
彼女が知らないのはきっと僕の気持ちだけ。知られないように大事に仕舞っていた。大切な宝物のように丁重に、何重ものベールをかけて守っていた。
けれど彼女は僕とは違う高校へ進んだ。中学までのように何もしなくても地元の学校に共に進めるわけじゃない。賢い彼女は地元で一番の進学校へ、僕は猛勉強して地元で三番目の高校へ。どうしたって届かなかった。
帰り道の公園で僕はため息を吐いた。恋を患うとため息が出続けるらしい。
幸せを吐き出しているのか、それとも、苦しみを吐き出しているのか。
この公園で一緒にかくれんぼをした。大きくなった僕が隠れられる場所なんてもうない。隠れられるのは心の中だけだ。
隠れられていない。恋が口から漏れた。
数日後、公園で夕日の輪郭の曖昧さについて考えていると、1匹の黒猫が足元に擦り寄ってきた。首には赤い鈴。誰かの飼い猫だ。
彼女の家にも黒猫がいたな、と思い出すとなんだか愛おしいような憎らしいような気持ちになった。
もし、と思い至って僕は学生鞄からルーズリーフとシャープペンシルを取り出す。
ルーズリーフを手でちぎって小さく言葉を並べた。なんて書けばいいのか分からなかったけれど、分からないふりをしていただけで宝箱の蓋を微かに開けただけで言葉がたくさん思い浮かんだ。その中から一番シンプルなものを選んだ。
黒猫はどこへ行くでもなく僕の足首の匂いを嗅いでいる。黒猫――彼女、と呼びたくなった――を抱き上げて「ごめんね」と一言伝えてから首輪に小さな紙切れを挟んだ。
彼女は彼女にこの手紙を届けてくれるだろうか。
届けてくれなくてもいい、が本音かもしれない。
夕日が溶けたアスファルトの上を彼女は歩いていった。
僕の想いが届いたとして、それからどうしたらいいのかなんて考えもつかないんだ。
彼女を見送ってから、僕は小さく震えた。
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