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拝啓 あなたへ
僕はきっと生まれてくるべきじゃありませんでした。
そう綴られ始まった宛名のない茶封筒から取り出したその手紙は、とめはねが乱暴で字全体が少し右上がりの癖のある字で書かれていた。
拝啓 あなたへ
僕はきっと生まれてくるべきじゃありませんでした。
僕には幸せを幸せと感じることが出来ません。衣食住が満ち足りていること、友達がいること、恋人がいること、家族がいること、数え始めればきりがない幸せの中を僕は生きています。でも、僕には幸せを受け止め感じる能力が欠落しているのだと思います。いやきっと幸せ以外の感情も。そうでなければ、この理由のない絶望感と虚無感はどう説明すればいいのでしようか。
友達と話しているとき、恋人と話しているとき、どこか自分を俯瞰しているような、全てを冷めた目で見ている自分がいます。自分を俯瞰して冷静な自分に酔い、悦に浸り、周囲の人間を無意識に見下しているのだと思います。そのくせ僕は孤独を恐れ、社会的外見を整えるために上辺だけの人間関係を形成してしまいます。そしてそこでつまらない冗談で笑いつまらない冗談を言う。しかしそうしていると、自分のなかで何かが削れているようなそんな感覚がするのです。
先日、恋人と別れました。僕の何気ない発言に傷付き感情的になった彼女に冷たい言葉を投げ掛けてしまいました。理想的な恋人だったと思います。家庭的で人当たりがよく、笑顔が愛らしい素敵な女の人でした。僕もそんな彼女のことが好きだと思ってきました。
長らく築き上げてきた恋人、という大きな関係が崩れ、怒るか悲しむか、それとも喜ぶかすべきなのでしょう。しかし、今僕の心中は恐ろしいほど穏やかです。何も感情が湧きませんでした。ただ「彼女と別れた」というテキストだけを目で追ってるような、遠い異国の出来事のような、そんな感覚だけがあるのです。自分の行為やその結果をどこか他人事のように感じている自分がいる、きっとこれは何かの病気で数十年後には名前がつけられているのでしょう。そうであることを願います。
怒りも悲しみも喜びも感じないくせに、僕の心は痛みだけには敏感なようで、自分が普通と違う時、普通の人ならこう感じるべき場面にそう感じれなかった時、その乖離に僕の心は悲鳴をあげます。普通ではないくせに、異常であることには耐えられないのです。
そんな時、脳裏に死が浮かびます。「自殺は身に降りかかる不幸に先手を打つだけのことだ」。全くもってその通りだと思います。僕はこのまま一生、人を理解したつもりで見下し、しかし孤独を恐れ、異常者のくせに普通であろうとして、心を磨り減らして生きていく。そんな人生が透けて見えてしまうのです。約束された苦痛だらけの生涯を送るぐらいなら、もうここで断ち切ってしまおう、そう思うのです。
しかし実際は、僕にはそれをするだけの勇気もありません。死を目前にした時、僕の体は震え未来の希望を訴えるのです。このまま生きてれば、生きてさえいればなにかあるはずだ。何か人生を大きく変えるような劇的な何かが。生きてて良かったと思える奇跡が。まるで追い詰められたギャンブラーのように未来に縋るのです。僕はどこまでも救いのない愚か者です。
普通に生きることも、それを断ち切ることも出来ない。こんな苦痛だらけの人生なら、最初から生まれなければ良かった。そう、心から思うのです。
こんなことを言えるのも、あなたなら、この世界であなただけなら僕の言うことを理解してくれると思うからです。そもそも、あなたはこれを読めているでしょうか。
もしあなたに勇気が芽生えて、これを読めていないのなら、それはそれで、きっと良い事なのですが。
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