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――お前もちょいと、顔見せな。
里中のスマホへと、砧の組長から、そんな電話が入ったのは、クリスマスイブの夜だった。
場所は銀座のとある「クラブ」。
オヤジの行きつけだな……と、店名ですぐ、里中はピンとくる。
まあ、クリスマスってことだし、オレを労ってやろうという親心だろう。
里中は、そんな風に察しをつけた。
今時、「ザギン」の「クラブ」といっても、往年の隆盛は見る影もない。
とはいえ、このご時世を生き延びている店というのは、なかなか一筋縄ではいかない名店揃いだ。
ガッチリと「いい筋」の固定客を掴んでいる。
砧の組長ナジミの店の「ママ」というのも、そんな銀座で数件のバーを切り盛りする女だった。
なにせ店を持ったのも、まだ相当若い頃で。
その当時から、組長は、何かと肩入れしてやっていたのだった。
里中が店に足を踏み入れると、砧の組長は、どっかりと奥のボックスに陣取っていた。
銀座の老舗らしく、浮ついたところのない、どちらかといえば地味にも見える、小ぢんまりとした店構えだが、どうしてどうして、お値段の方は……ってヤツだ。
「あら、里中さん。いらっしゃい。随分、お久しぶりじゃないですか?」
組長の隣でウィスキーのグラスを取り替えていた和服姿のママが、ゆったりと、里中へ視線を向ける。
キラキラ派手なキャバクラあたりとは、一線を画す落ち着いた装いだった。
袂を抑える指の大粒の南洋真珠といい、いい仕立ての着物といい、金も相当かかっている。
なにより、その女ときたら、細かい仕草のひとつひとつに、やたらと色気があった。
「どうぞ、お掛けになって」
そう里中に言うと、ママはテーブルに数人いるホステスの一人に向かい、
「さ、笑美ちゃん……里中さんにお飲み物、作って差し上げて」と、サラリ、指示を飛ばした。
だが里中は、立ったまま動かない。
「おう? 来たか」
組長に声を掛けられ、里中は頭を下げる。
「ほら、そこ座れ」との言葉を受けて、里中はやっと、ソファーに腰を下ろした。
ママから「笑美」と呼ばれていた若いホステスが、里中の前に、水割りのグラスを滑らせる。
それを見やって組長が、
「なんだ? 里中、ウィスキーでいいのか。好きなモン頼めよ」と発した。
オヤジ、今晩はなかなか「ゴキゲン」のようだな――
フワリと微笑しながら、里中は水割りに口をつける。
そしてふと、
そういや今晩あたりは、李さんのトコも書き入れ時なんかな。
ま、中華だが――
などと、益体もないことを思いついた。
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