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3
「教えろ」と、自分からも言ってしまった手前、里中とて、後には引けなくなった。
――そもそも「極道」っていうのはアホなもんだからな。
アホだからこそ、色々なことが「後に引けなく」なる。
喧嘩やら博打やら。
そんな感じで、「この道」にハマっていくワケだ。
だがまあ。
一から百までアホなままだったら、砧で代貸なんぞを張れるようにはならんのだが……。
だから要は、何もかも止めにして、ただ立ち去ってしまえばいいだけのことだ。
別段、意地を張る必要などないのだと。
里中も、そう分かってはいた。
分かってはいたのだが、やはり――
ともかく里中にとって、その夜の不首尾は、あまりにも口惜しく、無念極まりないものだったのだ。
せっかくの「上玉」をみすみす逃したことへの未練はもちろんのこと、それを上回るのは、自分自身の「ふがいなさ」だ。
――で、『コッチ』の方は? と。
秦久彦に小指を立てられた時、「もうテンデ」などと、思わず正直に応じてしまうほどに、昨今の里中は、「自信喪失」の日々を過ごしていた。
「寄る年波で」などと、自虐的なことを口にして「好々爺」ぶってみたのも、半分は諦念を帯びた本音とはいえ、押し潰されそうな自尊心の裏返しという側面もあった。
さらにぶっちゃければ。
これは「藁にもすがる気持ち」というヤツ――
ええぃ! ママよ、と。
ついに里中も、覚悟を決めた。
所詮はケツ孔に、なんぞをつっ込まれる程度のこと。別段、命取る取られるってワケじゃなし。
ただ、「後ろを洗う」ってのが、今一つ、分かったような分からんようなところではあるが……。
などと考えながらも、里中とて、もう「いい年齢」の男。
さまざまな経験を――主として医療機関でのものではあったが――思い起こしながら、なんとか適当に済ませる。
そして、今一度、静かに気合を入れて、ユニットバスの扉を開き、廊下へと出た。
✳︎
里中が居間に戻ってみれば、李はソファーに座り、透明な液体を淹れたコップを手にしていた。
それは見るからに「水」ではなさそうで、部屋にはやはり、ジンの匂いが漂っている。
ふと視線を向ければ、床にはビーフィーターの壜が転がっていた。
里中が壜に手を伸ばす。
「冇」と、李の鋭い声が飛んだ。
「里中さんは、お酒ダメ」
「ケチなこというなや」
っていうか、むしろオレの方が、シラフじゃ堪らんだろうが。
しかし李が、
「ダメです、マッサージの効果、弱くなりますね」と、やけにキッパリ言うから、里中も指を引っこめざるを得ない。
「じゃあ、膝ついて」
李が指を差す先。
床にはフリースっぽい毛布が引かれていた。
上はワイシャツ一枚、下半身にはバスタオルを巻いただけの恰好で、里中は言われるがまま、床に膝をつく。
するとすぐに、李がバスタオルをまくり上げようとした。
「……おい!」
思わず里中が声を上げる。
「こんな、灯りを煌々と照らしとくこたぁねぇだろうが」
たしかに居間は、隅々まで、蛍光灯の青白い光で照らされていた。
「ナニ、恥ずかしがってるんですか」
李が、バルタオルから指を離さぬまま、やや冷ややかに応じる。
「は、恥ずかしいだろうが……普通!」
「灯りは必要。暗いと色々見えませんね、やりにくいです」
「だからって、お前、何もこんな……っ」
ヤレヤレと、李がひとつ溜息をつく。
そして、リモコンに手を伸ばすとテレビをつけ、立ち上がると天井の蛍光灯を消した。
古い映画の再放送だろうか。
テレビは画面も音も、モシャモシャとしたものだった。
薄ぼんやりとした画面の光が、李の妙に端正な横顔を照らし出す。
「ハイ、それじゃやりますよ」
あらためてそう言うと、李は里中の腰から、バスタオルを一気に剥ぎ取った。
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