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一応は招き入れられたワケだしな……と、里中は靴を脱ぎ、中に入る。
部屋の光景は、この前に来た時と、さほど変わらない様子に見えた。
セコハンの家具が転がる、広さだけはそこそこある部屋。
ただ今日は、前より何となく「スッキリとした」印象はあった。
埃っぽさがないというか、モノの四隅がちょっと「整った」ような。
ああ、掃除したのか……。
「女」が来るから?
いや、女が片付けてやったのかもしらんが。
そんなことを考えながら突っ立っている里中をよそに、李は合皮のソファーにドサリと腰を下ろし、蓋つきマグカップの茶に口をつける。
来客に椅子を勧めるでもなく飲み物を勧めるでもなく、そうやってしばらく、ひとりまったりと茶を飲んでから、李は、今、気づいたとでもいう風に、里中に目を向けた。
「……わたしが、あの小姐とさっきまで『ハンサップ』してたかとか、考えてます?」
「あン? いや、別に」
とはいえ、確かに里中も、それを考えていなくはなかった。
大体、この前は「モテ自慢」のセリフをどれだけ聴かされたことか。
情人、たくさんいました――
だの、
「アレ」も、とても上手。
小姐はメロメロ――だのと。
「嗯? 違うでしょう、考えてましたね」
重ねて言って、李が上目遣いに笑うから、里中も軽く顔をしかめ、
「だったらなんだってんだ。で? 『寝てた』のかよ」と言い返してやった。
しかし、李は里中を見上げたまま、
「それはヒミツです」と言い、哈哈哈……と笑う。
里中は舌打ちをして、鋭く首を振った。
すると李が、
「里中さん、ひょっとして、ああいうオンナ。タイプですか?」と続けた。
あたかも酒家で、客にビールの銘柄を訊ねるような口調で。
これ以上のせられてたまるかと、里中は李の問いをシラリと無視する。
すると李が、
「紹介しましょうか?」とダメ押しのように口にし、
「ああ、でも里中さん『ダメ』だったら、意味ないですね」と言って、また乾いた声で笑った。
ええい、チクショウめ――
一体、なんでこんなトコ、ノコノコ来ちまったかな、オレは。
「邪魔したな」とだけ、低く絞り出し、里中は踵を返して李に背を向ける。
「……食飯未呀?」
里中の背中に、李が言った。
――食咗飯未呀?
「飯はもう喰ったのか?」という意味ではあるが、要は英語の「ハウアーユー」と同じだということは、里中とて知っていた。
単なる挨拶。「よぉ」だの「おう!」だのと同じ。
「ハウアーユー」と訊かれて、馬鹿正直に「頭が痛い」だとか「四十肩がどうだ」とか答えたりしないのと同じで、「食飯未呀」と訊かれたら、「食咗」と答えるのが「礼儀」というワケだ。
本当に、喰ってようがいまいが関係なく。
しかし……。
あたかも追い返すようにあしらった相手に、「何を今さら挨拶なんぞカマすんだ?」ってこった。
腹を立てるのを通り越し、里中は苦笑交じりに振り返ると、李に、
「食咗」と、律儀に応じてやる。
その瞬間、里中の腹が「グギュギュ…」と鳴った。
「食咗」などと口にはしたものの、今日の里中は、女を呼ぶ算段をしたりだなんだと、結局、昼も食べそびれていたのだった。
李が、ゆっくりかぶりを振りながら、
「里中さん、お腹空いてますね?」と言って立ち上がる。そして、
「わたしも今、お腹空いてます。一緒になにか食べますか?」
と、小さく両肩をすくめてみせた。
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