食飯未呀?

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5  ソファーとは反対側に、古い木のテーブルと椅子があった。  テーブルの方は、本当に「古い」。  大昔の小学校にあった風な、どこもかしこも全部、本当に木でできたヤツだ。    その傷だらけ、ささくれだらけのシロモノを見るなり、里中は、 「どっかの廃校の払出しかなんかから、拾ってきたんだろうな」とあたりをつける。  椅子は背もたれがひどく高く、枠がステンレス、クッション部分は合革で包まれていた。昔の結婚式場だの宴会場だのにありがちなタイプだ。  中華料理店の払い下げってとこか――  里中は、椅子の出どころも、そんな風に察しをつける。    テーブルに皿を置くと、李が二脚ある椅子の内のひとつを引いて座った。  そして、卓の上に出しっぱなしの円筒の箸立てから、ガシャリと一組、箸を取る。  李はそのまま、麺を食べ始めた。  里中も、もう片方の椅子に腰を下ろし、箸立てに無造作に突っ込んであるプラスティックの中華箸を抜き取る。  李がさっさと無言で食べ始めるものだから、「いただきます」などと言うのも若干極まりが悪く。  かといって無言で食べ始めるのも気が咎め、里中は一応、李に「おう」と短く声がけをしてから、麺に箸を入れた。  びょん……と、伸び感のある麺だった。  その感触で、里中はすぐに、この「伊麺(イーミン)」とやらの記憶を思い出す。 「ああ、確かに。これ喰ったことあるわ、李さん」と呟いて、里中は薄茶の麺をひと塊、ガサリと口に入れた。  まず舌に広がるのは、やや脂っこく、くどいほどにコクのある味。  そうだった、そうだった。  この地味くさい茶色はオイスターソースの色なんだよな。    麺は丸のような平たいような。  太さや形は、よくバジルのスパゲティーなんかに使われる――なんだっけか、リングイーネ? とかいうのに似ている。  だが食感はまるで別物だ。   固いってことは全くないのだが、なんか伸び感のある噛みごたえと言うのか。  ビロンと団子状態に絡んだ麺をモソモソ噛み締めれば、麺の中から妙な旨味が染み出してくる。  なにがどうと、特筆すべき美味さがあるワケでもない。  だが何となく後を引くような、そんな味だった。    そういや、この麺。店で食べても大した具は入ってなかったような――  黄韮だけとか、黄韮と中国キノコとか、そんな程度の。 「あれだな、李さん。コイツは具なしでも、それなりにイケるな」  ゾッゾッと麺を口に運ぶ合間に、里中が李に話しかける。 「麺自体に、なんか味ついてんのか?」 「伊麺には卵が入ってますから。料理に何かをいれなくても、まあまあ栄養がありますね」  ふうん、そうか、と相槌を打ち、里中が続ける。 「でもやっぱり、これにはあれだ、黄韮が入るもんじゃぁないか? 香港(あっち)で喰った時も、キノコやネギはなくても黄韮だけは入ってた気がするし」 「係呀(ハイアー)」  李が、ボソリと言った。 「黄韮が入ってないのは、干焼伊麺とは言えません、ホントはね……でも」 「ああ、わかったわかった、『高い』んだろ?」  そう里中がまぜっかえせば、李が少し真面目な顔になる。 「黄韮もチャイニーズマッシュルームも日持ちしません。だからあまり手に入らない」 「そうかい」 「ネギがあればいれます。でも今日はないです」 「そうかい」  里中が、いちいち律儀に相槌を打つ。そして、 「なら、李さん。この麺はどこで買うんだ?」と、水を向けた。 「街市(ガイシー)で買って帰りました。揚げてて長持ちがしますから」 「ああ……市場な」  里中は、ビルの谷間、香港の街の要所要所にあった市場(ガイシー)を思い出す。
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