食飯未呀?

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 アヒルや鶏、鮮魚の店。焼味(ロースト)の店、乾物店などが集まる街角。  その周囲の路に、ぐるりとズラリと、青物や野菜の露店が並ぶ様子は、いかにも香港らしい光景だった。  だが、それもひと昔もふた昔も前のこと。  おそらく、今は随分と様子が違うんだろう。 「ま、要は、この麺が美味いってこったな? その街市(ガイシー)の店ってのは、有名なトコなのか」 「いえ」  即答で否定され、里中も「……そうかい」と、声が鈍った。  李が続ける。 「伊麺はどこで買っても、あまり変わらないです」 「じゃ、このオイスターソースは? なんか気に入りの銘柄とかあるのかい? あの酒家(しょくば)のコック特製とかか」 「スーパーで買います」 「…………そうかい」  すると李が、箸の手をとめて里中を見た。 「香港のスーパーで買います。日本のとはチョット味が違いますから」 「そうかい」 「伊麺は、ちゃんと店で揚げてるモノなら、どれでも普通に美味しい。パック入りはダメです」 「そうかい」と言って、里中が、 「あれだな、『素うどん』みたいなもんだな」と続ける。 「嗯……」  李が、すこし言い淀むように唸った。 「えっと、『おふくの味』です、日本で言う」 「おふく? 誰だそりゃ」  里中が、鳩豆顔で瞬く。  そして、しばしの沈黙の後、「ああ!」と合点がいった声を上げた。 「『おふくろの味』な?」 「……それです」  李が、ややきまり悪げに応じる。  そして、視線を自分の麺に戻し、 「うちは、あまりお金持ちじゃなかったですね。こんなものばかり食べていましたよ」と言った。 「こんなモンって……李さん」  里中は、李からそっと視線をそらしながら、あえてぶっきらぼうに発する。 「コイツ、美味いじゃないかよ」    李が、また里中の方を見やった。  里中は、すでにペロリと自分の分を平らげていて、皿はキレイに空だった。  李は小さく微笑むと、自身の麺を箸でつまんで、里中の皿へと移し始める。 「おい、李さん。いいっていいって、お前さんが喰えよ」  すこし苦いように笑い、里中は頷きで李を押しとどめた。 「里中さん、お腹空いてる。可哀想です」 「アンタだって、腹減ってンだろ?」  と言いながらも、里中はそれ以上には拒まなかった。  そして穏やかに、「ありがとよ」と告げて、少し冷めた伊麺を、また口へと運んだ。    ****** ◆干焼伊麺  (こんしゅういーみん)  伊麺―― よく、街市の麺屋さんの軒先みたいなとこに、ビニール袋入りで大量に天井から吊るしてありました 一塊ずつ揚げた麺です  店によってちょっと味が違うみたいですが、基本的には、さほど変わるものでもなさそうですね (母親は気に入りの店があって、「近所では、そこのが一番美味しい」と言っていたけど) オイスターソースとスープの素みたいな味付けの、とにかく地味(薄っちゃけた)な料理です(笑) 黄ニラがまた、薄黄色なので、ほんとになんのアクセントにもなってません(見た目的に) 味も、基本、ぼやーっとしてます なので黄ニラぐらいじゃないと、ダメなんですよね。変に具がいっぱいだと、受け止めきれない(頼りない子っ) でもなんか、味わいがあるというか 目が覚めるほど美味しくはないけど、なんか食べちゃう さくっとググるくらいで、意外に日本語情報があってびっくりです…… 「なんか黄色い麺だな―」とずっと思っていましたが、「卵が入っているのだ」とか「伊さんが作ったから伊麺だ」とか、「初めて知った今日知った」です とはいえ、今回はあまり色々調べて書いたりはしませんでした  知ってることだけで 不勉強です もう、これは一時期、うんざりするほど家で食べさせられました (ちなみに家で食べるより、店で食べる方が微妙に美味です おそらく広東人のおうちで食べれば、店と同じに美味しいのだと思います なぜなのか……でも、そこが中華ネイティブの凄さかなあ) ともかく子供心には、さほど楽しい料理ではなかったけれど、今になるとあの、黄ニラだけ入った伊麺が無性に食べたい気がしてしょうがなく でも食べられないので書きました 多分、これからも(ノワールに続きがあるとすれば)「食べたいけど食べられないしょぼいヤツ(?)」を、李さんに作ってもらうかもしれません
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