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6
「それで、里中さん。今日はどうして来たんですか」
李の言葉は、またしてもド直球だった。
里中は、麺の最後の一口を飲み込みそびれてむせ込む。
李は微妙な笑みのまま、里中を見つめていた。
コイツ、分かっていやがるクセして――
という、臍を噛むような気持ちは飲み込んで、里中は短く二、三度咳ばらいをする。
「その……イイ線までは、行ったんだがな……」
絞り出すような里中の言葉に、李が屈託なく、「なにがです?」と問い返す。
「いや、だから……アレだ、その」
「哦! 『アレ』!」
李がやっと、納得の声を上げた。
「よかったですね。小姐と咸湿、上手くいきましたか」
「う、あ……いや、その、それが」
里中の言葉尻が怪しく掠れていく。
それを聞き取ろうと、李が顔をグッと近づけた。そして、
「嘩? ナカ折れ?!」と、やや素っ頓狂な声を上げて、大げさに驚いてみせる。
「久々、朝勃ちはしたんだがな……」
などと、里中はよく考えれば「そこまで話すか?」というほどツッコんだ事情まで、なぜだか吐露してしまっていた。
「噢……」と呟いたきり、李が黙る。
しばし、気まずすぎる沈黙が流れた後、
「それで?」と、李が里中を横目で見やった。
「いや、だからその……だな。このあいだの……を」
やれやれ、といった風に、李がひとつ溜息をつく。
「またシテ欲しいんですね?」
そんなアケスケな李の言葉に、里中は、
「う……」と唸ったきり、二の句が継げずに黙り込んだ。
そもそも。
最初の晩は、むしろ李の方が盛んに誘いをかけてきたのだ。
「『いい方法』がある」「大丈夫」と。
なのに今日は、なんなんだ。
全然違うだろうが?!
否――
そういや、あの晩も。ここに着いてから、李は態度を変えた。
やけに勿体ぶるような風に。
だが、始めてしまえば、また全く様子が変わっちまって。
ったく、一体なんだっていうんだ。コイツは?
里中は、ひたすら苦々しい思いを噛み締める。
だがしかし、やはり「背に腹は代えられない」
もはや、頼れるモノは他にないのだ――
そんな風に、開き直りにも似た気持ちで、里中は腹を括り直す。
すると李が、「好呀」と告げた。
そして、「準備、分かってますよね?」と続ける。
里中は、低く唸るように頷いて、ソロリと立ち上がった。
*
「準備」を済ませ、里中がバスルームから戻ると、李はコップを手にソファーに座っていた。
前と同じ、ビール会社の名前入りの昭和な「コップ」
そこに半分ほど注がれているのは、白っぽく曇った何かだった。
ソファーの傍らにズブロッカのボトルが置かれているところをみると、コップの中身は、シャリシャリに凍ったストレートのウォッカらしい。
李はそれを、コーヒーシャーベットでも飲むような勢いで喉に流し込んでいた。
「おいおい、そいつはあんまりに、ペース早すぎだろうが」と、見ている里中の方がハラハラするほどに。
李がふわりと視線を上げて、里中を見やる。
「じゃ、始めましょうか。里中さん」
そう発した声はカラリと明るく、さっきまでとは、まさしく「うって変わって」いた。
「膝、ついて」
言って、李が、自分の脇の床を指す。
日の落ち切らない時刻。カーテンは開いている。
前の時のように真夜中ということもなく、窓から差し込む薄い光で、まだ部屋は明るかった。
里中は、前と同じに、上はシャツ一枚、下半身にバスタオルを巻いた格好で床に膝をつく。
そして、ソファーの座面に前腕を置いた。
よくよく思い出してみれば、前回は「マッサージ」のせいで、とんでもない痴態を演じるハメになったのに、今、里中の胸中によぎるのは、羞恥というよりは、うっすらとしたきまり悪さに過ぎなかった。
李がグラスにズブロッカを注ぎ足し、それを一息に飲み下した。
巻き込みが甘かったのか、里中の腰からバスタオルが、ハラリとひとりでに滑り落ちてしまう。
里中が、それを慌てて拾おうとした瞬間、ぎゅっと双丘が掴まれた。
自らの尻肉を掴む指の、その感触を。
里中はすでに知っていた。
続けて、局部に何かが塗りこめられていく。
李と自身の体温で蕩けるそれが「蜜蝋」であることも、里中はすでに知っている――
李の指の動きは、几帳面で丁寧で、しかし、「弱すぎて不快」ということはなくて。
まるで、肩や背のコリをほぐす熟練の整体師のように、里中の窄まりを指圧していく。
どう考えたって、触られている部分は本当に「とんでもない場所」だというのに、それは「官能」というよりもむしろ、「癒し」のような感覚だった。
だが、それも次第に変容していく。
くつろぎの中に時折、ジワリと熱を帯びた疼きが混じり始め、後孔から下腹にかけて、とろけるような何かが溢れ出した。
会陰部が波打つように痺れ始める。
里中のくちびるから、吐息が洩れた。
「嗯……里中さん。リラックスするの、早くなりましたね」
李が、やわらかい囁きで言う。
そして次の瞬間。
里中の内に、李の指先がスルリと侵入した。
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