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5
「メスイキ」は、一度では終わらず、里中は、その後も何度か絶頂に達した。
主に「後ろ」への自慰で――
勃起していながらも精を吐かない状態だったからか、里中の「勃ち」は、ずっと維持されたままだった。
最後の絶頂の時には、もはや疲れ果て、意識も朦朧としていた。
「前と同じだな」と、ぼんやり、頭の片隅で自分の痴態に思いをはせながら、里中は、ビクリと大きくひとつだけ身体ごと痙攣させる。
気づけば、里中は吐精していた。
だがそれは、「迸り」というよりは「漏らす」ような。
ドロリとダラしなく、永遠に終わらないようなアクメだった。
それでも、ついに射精が終わる。
直後、気絶めいて眠りに落ちる瞬間、里中は自分の背に、女の指のように滑らかで、でもそれにしては、やけに大きな掌のぬくもりを感じた気がした――
*
そして、奇妙なほどに真っ暗な部屋で、里中は目を覚ます。
一瞬、違和感を覚えはしたが、今、横たわっているベッドが「知らない場所ではない」ことに、すぐ気がついた。
誰かの、かすかな寝息が聞こえる。
「……何時だ、今?」
思わず漏れた里中の声は、かすれ切っていた。
手首に視線を落とせば、腕時計の針が、闇の中、薄緑に浮き上がっている。
八時過ぎか――
里中の隣に横たわる男が、ちいさく唸って寝返りを打った。
「……さとなかさん、だいじょぶ? めがさめましたか」
言いながらムクリと身体を起こすと、李が「う…わぁ」と喚く。
そして続けざまに、
「哎呀、搞錯呀!」と悪態をつき始めた。
しまいには、「黐線冇錯……」とこぼして、李は深々と溜息をつく。
「おいおい、李さんよ」
里中が問いかければ、李が、
「あたまがとてもいたいですね。ああ、わたし、きっとカゼひきました」と応じた。
――風邪?
「いや、そいつは……どうだろうな」
っていうか、どう考えたって悪酔いだろうが?
あんな無茶苦茶な飲み方してやがるンだから。
闇の中、頭を抱えて唸り声を上げる李の様子を感じ取りながら、里中は胸の内でひとりごちる。
李がベッドから這い出し、部屋の明かりをつけた。
蛍光灯の灯る小さく遠い音。
そして目を刺すような青白い光が、部屋に満ちる。
カーテンのない窓の向こうは漆黒の闇に沈んで、中年男ふたりの半裸の姿を鏡めいて映し取っていた。
李はワイシャツ一枚のあられもない恰好のまま、ゆらゆら、キッチンへと歩いていく。
その足元のおぼつかなさに若干の不安を感じ、里中も、すぐにその後を追いかけた。
「大丈夫か? 李さんよ」
「……熱檸檬可楽、飲みます」
「あ?」
「カゼのときは、熱可楽がいいです」
言いながら李は、レモンを切り始めた。
そして小鍋を取り出すと、輪切りレモンをその中へと放り込む。
「コーラ。里中さん、コーラとってください」
振り返りざまに言われ、里中は一瞬、戸惑いに顔をしかめた。
だが成り行きには逆らえぬまま、冷蔵庫の扉を開ける。
果たして、庫内にはコーラが二缶あった。
ひとつ取り出し、プルトップを開けて手渡してやる。
コーラを小鍋にダバダバ注ぎ入れると、李はコンロを点けた。
ほんのりと砂糖の焦げる匂いとレモンの残り香が、キッチンに漂う。
ひと煮立ちしたところで、李は火を消した。
小鍋の柄を取って、マグカップ型の湯飲みに煮立ったコーラを注ぎ入れる。
里中は、そのどす黒くも湯気を立てる液体を微妙な表情で眺めやった。
そんな里中をよそに、李は「レモン・コーラ」を啜り始める。
「それ、ホントに風邪に効くのかよ……」
思わず、里中が呟いた。
いや、今のアンタのは、もちろん風邪じゃねえだろうけどな……と。
心の中で、そう付け足しながら。
まあ「風邪」に効くかどうかは、ともかく。
レモンに水分で、あったかいモンなら宿酔にも悪くはなかろうて――
里中はそんな風に結論付ける。
湯気を立てるマグカップを手にしたまま、李は頭を抱え、ズルズルと寝室へ歩き始めた。
その背へ、里中がまた、「李さんよ」と声を掛ける。
「ちょっと、風呂借りるわ」
そして一瞬の間の後、「……悪いな」と付け足した。
とはいえ、何が「悪い」んだか、口にした里中自身にも、実際良くは分からなかった。
頷きだけで里中に応じ、李は、そのままベッドに潜り込む。
里中は寝室の明かりを消してやり、それから、そっとドアを閉めた。
「唔好意思」 劇終
****
熱檸檬可楽: レモンやショウガをコーラで煮込んだもの 最初は若干、引きますが、味は別に普通
搞錯呀: ありえないー 信じらんねー
黐線: 物凄いバカのこと、頭おかしい〔ヤツ〕
黐線冇錯: マジ、ホントにバカ!
*多分、これは李さん、自分自身に対して言っている
ホントは(風邪なんかじゃなくって)自分が飲みすぎちゃったことには気づいているのだろうと思います……
唔好意思: 失礼 すいません 悪いな
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