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そして、その日の午後早くには、すべての片付けが終わった。
砧の事務所は、いつもの静けさを取り戻す。
ヤクザの事務所にありがちな、まったりと、まどろむような空気感。
里中は窓辺のデスクで、三下に入れさせた茶にくちびるを浸していた。
机の上には、さっき引き取ってきたカップがふたつ。
しっかし。
なんでこんなモン、貰ってきたかな……俺も。
秦の大叔父はともかくとしても。
別段、あの小僧っ子に関しては、「形見分け」が欲しいような間柄でもねぇんだが。
万事につけて趣味が良く、こだわりをもった秦久彦とは違って。
そもそも里中自身、茶器にも何にも、特段に頓着するような人間ではない。
回転寿司屋のオマケで貰った分厚い湯飲みで、毎日、朝茶を啜っているくらいなのだ。
――まあ、ともかくだ。
これで、事務所もシマも、色々と落ち着いたってことだな。
里中は溜息をつく。
そして、不意に空腹を覚えた。
なんかこう、久方ぶりに。
「ガツン」と腹にたまるようなモンが喰いてえな……。
そう思いつき、頭に浮かんだのは、牛肉と平麺をオイスターソースで炒め合わせた広東料理だった。
里中は、左手首の時計を見やる。
ああ、もう間に合わねぇか。
「あそこ」は、昼は二時で「終い」だから――
前に「その料理」を食べた銀座の粤菜酒家を思い浮かべながら、里中は心中で呟く。
そして、ひと言、
「中華、喰いてぇな……」と、ボヤくように漏らせば、傍にいた組員が、
「なんぞ、出前でも取りますか? 代貸」などと、精一杯気を利かせた風に立ち上がった。
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牛肉のオイスターソース炒め麺(干炒牛河)
僕澁第50章です!
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