320人が本棚に入れています
本棚に追加
3
ダメだった――
まったくもって「ダメ」。
里中の「息子さん」と来た日には、ウンともスンとも。
部屋に来た女は、完璧に好みのタイプだったのだ。
さすがは秦の大叔父……というべきか。
まさに「ドストライク」。
やや釣り気味のくっきりした二重の目をして、細い顎。
色白で肌のきめが細かく、手足は細くて長い。
スレンダーな中華風美女。
九十年代の香港小姐のような。
昔から「ションベン臭い小娘」などは、正直、里中の趣味ではなかった。
実際、パッと見地味ながらも、やって来たのは組んだ脚のラインなぞは、奮いつきたくなるほどのクールビューティーだった。
なのに……。
スゴ技のフェラチオも、秦に握らされたODフィルムの勃起剤も、なんの役にも立たなかった。
そうなのだ、最近はもうめっきりと。
歳のせいなのか、なんなのか……。
早晩、どうにも「尽くす手」がなくなって、里中は女を帰らせた。
まだそう夜も更けていない。
すぐに、チェックアウトしようものなら、いかにも「そんな用向き」で部屋を使った……という感じがありありだという気もしないではなく。
まあ、コッチとら数十年ヤクザ稼業、今では代貸を張っている身としては、そんなこと、いちいち気にするモンでもないワケだが。
せっかくの「いい部屋」だ。
このまま泊っていけばいいだけのことと、使わなかった方のベッドに横たわっては見たものの、ゴロゴロと寝返りを打つばかりで、どうにもおさまりが悪く眠れる気がしなかった。
そもそも、まだ真夜中も過ぎない時刻なのだから、なおさらのことだ。
里中に今、同居の家族はない。
一度結婚していたこともあるし、一応、子供も一人、いはしたが、随分前に離婚していた。
別段、それは暴対法のあおりを食っての「偽装離婚」とかってヤツではない。
法制定からコッチは、暴力団構成員の家族というだけで、郵便局で預金口座を開くのにも難儀するようになっていたから、その対策としての「偽装離婚」は増えたらしいが、そういう「アレ」ではない。
だから里中としては、別段、外泊云々を気にする必要はゼロだった。
けれど、結局。
里中は、女の飲み残したシャンペンのボトルを空にすると、服を身に着け、部屋を後にした。
銀座、有楽町は、場所によっては意外に夜の終いが早い。
もう人どおりも、さほどではない大通りから、ひょいと小道に入って歩く里中の口から、知らず溜息が洩れ出した。
向かい側から男が歩いてくる。
黒っぽいハーフコートにこげ茶のスラックスを穿いた、背が高めの男だった。
「知った顔だ……」
薄暗い街灯の元ではあったが、里中はすぐに、そう思った。
――だが、誰だったか。
グルグルと頭の中に知り合いを思い浮かべる。
組関係。
出入りの宅配業者。
事務所の近所のコンビニ店員。行きつけの食事処の常連――
いや、違うな……。
なんだっけか。誰だっけか。
と、その男が声を上げる。
「啊。貴方、秦さんのお連れの……」
そうだった、この男は。
今日の酒家の。
あの時は、しゃちほこばった黒服姿だったが――
「服が違ってて分からなかったや。アンタ、たしか支配人の……」
「係、李です」
里中の目の前で立ち止まると、李はニッと笑って見せた。
最初のコメントを投稿しよう!