埋單, please!

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3    ダメだった――  まったくもって「ダメ」。  里中の「息子さん」と来た日には、ウンともスンとも。  部屋に来た女は、完璧に好みのタイプだったのだ。  さすがは秦の大叔父……というべきか。  まさに「ドストライク」。  やや釣り気味のくっきりした二重の目をして、細い顎。  色白で肌のきめが細かく、手足は細くて長い。  スレンダーな中華風美女。  九十年代の香港小姐(ミス・香港)のような。  昔から「ションベン臭い小娘」などは、正直、里中の趣味ではなかった。  実際、パッと見地味ながらも、やって来たのは組んだ脚のラインなぞは、奮いつきたくなるほどのクールビューティーだった。  なのに……。  スゴ技のフェラチオも、秦に握らされたODフィルムの勃起剤も、なんの役にも立たなかった。  そうなのだ、最近はもうめっきりと。  歳のせいなのか、なんなのか……。  早晩、どうにも「尽くす手」がなくなって、里中は女を帰らせた。  まだそう夜も更けていない。  すぐに、チェックアウトしようものなら、いかにも「そんな用向き」で部屋を使った……という感じがありありだという気もしないではなく。  まあ、コッチとら数十年ヤクザ稼業、今では代貸を張っている身としては、そんなこと、いちいち気にするモンでもないワケだが。  せっかくの「いい部屋」だ。  このまま泊っていけばいいだけのことと、使わなかった方のベッドに横たわっては見たものの、ゴロゴロと寝返りを打つばかりで、どうにもおさまりが悪く眠れる気がしなかった。  そもそも、まだ真夜中も過ぎない時刻なのだから、なおさらのことだ。  里中に今、同居の家族はない。  一度結婚していたこともあるし、一応、子供も一人、いはしたが、随分前に離婚していた。  別段、それは暴対法のあおりを食っての「偽装離婚」とかってヤツではない。  法制定からコッチは、暴力団構成員の家族というだけで、郵便局で預金口座を開くのにも難儀するようになっていたから、その対策としての「偽装離婚」は増えたらしいが、そういう「アレ」ではない。  だから里中としては、別段、外泊云々を気にする必要はゼロだった。  けれど、結局。  里中は、女の飲み残したシャンペンのボトルを空にすると、服を身に着け、部屋を後にした。  銀座、有楽町は、場所によっては意外に夜の(しま)いが早い。  もう人どおりも、さほどではない大通りから、ひょいと小道に入って歩く里中の口から、知らず溜息が洩れ出した。  向かい側から男が歩いてくる。  黒っぽいハーフコートにこげ茶のスラックスを穿いた、背が高めの男だった。  「知った顔だ……」  薄暗い街灯の元ではあったが、里中はすぐに、そう思った。  ――だが、誰だったか。  グルグルと頭の中に知り合いを思い浮かべる。  組関係。  出入りの宅配業者。  事務所の近所のコンビニ店員。行きつけの食事処の常連――  いや、違うな……。  なんだっけか。誰だっけか。  と、その男が声を上げる。 「(ああ)。貴方、秦さんのお連れの……」   そうだった、この男は。  今日の酒家(レストラン)の。  あの時は、しゃちほこばった黒服姿だったが―― 「服が違ってて分からなかったや。アンタ、たしか支配人の……」 「(ハイ)(リー)です」  里中の目の前で立ち止まると、李はニッと笑って見せた。
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