蛋撻rhapsody(エピソード完結済)

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 里中は、組事務所のビルに入って、エレベーターに乗り込んだ。  そして、明かりも消し、戸締りも済ませた事務所の玄関ドアに鍵を差し込む。  適当なスイッチを入れて、ごく一部だけ照明をつけた。  里中の机は窓辺にある。  「不夜城」と称される都内有数の繁華街を、長年シマに持つ砧興業だ。  窓の外、街の灯りは、ほぼ一晩中、煌々と明るくて、デスクの上のスマホは、その光に白々と照らされていた。  スマホを手に取り、上着のポケットにおさめて、里中はすぐさま事務所を出ようと歩き始める。   「なんだ……?」  一部分だけ点けた明かりが、開けっ放しになった最奥の部屋に差し込んでいた。  秦久彦のオフィスだった部屋だ。  もう空っぽになっているはずの部屋。  だが、その床の上に、なにか不自然な影が伸びていることに、里中は目ざとく気がついた。  顔をしかめながら、里中は空き部屋の中を覗き込む。  部屋の隅の方。  わずかに柱の陰になるようにして、床の上に何かが残されていた。 「おいおい、なんだよ。最後の最後にいい加減な仕事しやがって……」  誰にドスを利かすでもないが、低く胆力のある声で、里中が吐き捨てる。  近づいてみれば、それは手提げカゴだった。  柳の買い物カゴ。  こいつには、見覚えがあるな。  たしか、死んだ秘書が持ってたヤツだ。  大叔父が喰うパンかなんかを買いに行くとき、毎朝のように提げていやがった。    そうそう。  あの「焼き立てパン」ってのは、やたらいい匂いがしてな――  もう嗅ぐこともなくなった、その香ばしい匂いを、里中はふと思い返す。  そして取っ手に指を掛け、カゴをひょいと持ち上げようとした。  しかし、それは奇妙なほど重かった。    怪訝に眉根を寄せ、里中は柳のカゴを覗き込む。  中には、ビニール袋が入っていた。 「なんだ? こりゃ」  手を突っ込んで、カゴから包みをガサリと取り出し、里中はビニール袋を開いた。 「…………………?!!!??!!!」  中身を見た里中の口から、思わず、ワケの分からない音声が漏れる。 「っ……なっ、な、なんだ…なんだよ、おいっ」  ひとり狼狽で声を揺らめかせながら、里中はごく乱暴に、そのビニールをカゴの中に投げ戻した。 ******************* そりゃ……ね お片付けに来てたひとも、見なかったフリして、コソッと置いていくしかなかったろうと思いますやん なにせ「アレ」ですから……
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