蛋撻rhapsody(エピソード完結済)

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3  困惑と混乱から立ち直れないままに、里中は事務所の前でタクシーを拾う。  そして、自宅の住所を告げると、溜息をついてバックシートの背もたれに寄りかかった。  座面に置いた柳のカゴにガサリと手が触れる。  里中の、この狼狽の原因となった、ビニール包みが入った手提げカゴ。  空き部屋に置いたままにもできず、つい持ち帰ってきたのだった。  ――なにせ。 「中身が中身だかンな……」  思わず、里中が、心の声を一部洩らせば。  「話しかけられたのか?」と思ったのだろう。運転手が、ルームミラー越しに怪訝な表情を見せる。  そんな視線に、里中は、「いや、独り言だ」と律儀に応じた。 *  砧興業は暴力団の二次団体である。  秦久彦は、その上位団体の「アドバイザー」であり「フィクサー」だった。  その部屋に残されていた、ちょっと重量のある品となれば……。  まとまった量のシャブ。  拳銃(チャカ)の類。  そう……。 「ンなモンが、出てきたっていうなら、俺だって驚きゃしねぇって」  これでも、この渡世に何十年と身を置いている。  だがな――  里中は、自室のリビングのシーリング照明の下、ダイニングテーブルに置いた柳のかごを――  より正確にいうならば、その中に入っていたビニール袋の中身を、呆然と見下ろす。  赤ん坊の腕ぐらいはありそうな、濃紫色をした物体。  むろん、里中もいい歳した海千山千の極道。それが何なのか、知らないワケはない。 「ディルドだな」  古風に言えば「ハリガタ」ってヤツだ。  陰茎(マラ)の形の「オモチャ」。 「いや……」  スイッチの類があるところを見ると、コイツはただのハリガタじゃなく「バイブ」だわな。  里中は、なぜか神妙に、目の前のブツについて分析をしてしまう。  それにしても、蛍光灯の明るい光のもとで見やれば、それは、筋浮きの様子から笠の捲れ具合まで、毒々しくも「リアル」に男根を模したものだった。  ただ一点をのぞいて。それは。 「……デカすぎンだろ、それにしたって」  っていうか。誰のブツなんだ?  普通、これは女が使うモンだろ。  あの部屋にあったってことは、秦の大叔父のってことになるが。 「イヤイヤイヤイヤ」  里中はひとり片手を振る。  大叔父は昔っから、ソッチに関しては名うての……強豪だ。  このところだって――そりゃ昔ほどの「おいた」の話は聞かねぇが。  夜の方は、まだまだ相変わらず、それなりに凄いってのは、まあ諸々の筋から耳に入っちゃいた。  女を満足させてやるために、「こんなモン」が「必要」などということはあり得ないハズで。 「ってか、あれか? なんか『そういうプレイ』にでもハマってたんか、大叔父は」  そう思いつき、独り言ちてはみたものの、里中としても「そういうプレイ」が「どういうプレイ」なのかについては、いまいちピンと来ない。  まさかまさかの……若い方か?  シライシの方か。「アレ」なのは。 「気の毒になあ、若い身空で」という里中のボヤきには、実感と同情がやけに滲んで仕方がない。  そして里中は、おっかなびっくりに、そのブツを手に取った。  矯めつ眇めつしてから、グリップ部分のスイッチを入れてみる。  だしぬけに振動が始まり、思わず「う、うおぅ」という声が、里中の口をついて出た。  その巨大なバイブの上半分は、振動とともに上下に伸び縮みしている。  ピストン運動を模しているのだろう。  「ったく、芸の細かいこったな……」  半ば毒気を抜かれてそう呟くと、里中はスイッチを切って、それをビニール袋に包み直し、柳カゴの中に放り入れた。  そして、「風呂でも浴びるか」と言いながら靴下を脱ぎ、ベルトのバックルをカチャリと外した。
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