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その日は、里中にとって、まあまあ、のんびりと「つつがない日」だった。
――途中までは。
午後遅くに、組の「ヒモ」が付けてある「とある店」から「SOS」の連絡が入る。
いわゆる「裏カジノ」。
とはいっても、ディーラーがいるような店ではなくて、違法スロットがメインの「カジュアル」な場所だ。
「SOS」というのは、「ちょっと面倒な客」が騒ぎ出したから「対応」して欲しいという内容だった。
普段なら、その程度のこと、代貸みずからが動くこともなく、若いのを何人かやって済ませる。
だが、その「面倒な客」というのが、どうやら、色々「面白そう」なヤツらしいと。
年季の入った「ヤクザの勘」で察し盗った里中は、珍しくも組の連中と一緒に出張ることにしたのだった。
里中の勘は的中した
負けが込んで、「訴える」だの「警察がどうの」だのと騒ぎ立てていた「客」の肩を、里中が優しく叩いて個室に連れ込む。
情深さと凄みとを巧みに織り交ぜ、上手いこと話を聞き出してみれば、どうしてどうして、結構な地位の人間であることが分かった。
そうとなれば、こちらから逆に「脅し」をかけるまで。
こういうヤツこそ、やんわりやんわりと、細く長く「引っ張れる」。
代貸みずから出張った甲斐あって、組の「ちょっとした収入源」を新たに確保できた。
「これがヤクザの『地道な』営業ってモンだぜ」と。
心地よい達成感を感じながら里中と組員が事務所に戻ってくれば、夜ももう、結構更けた頃合いになっていた。
若い連中は、「すわ、暴れ回れる」と期待し、裏カジノに駆け付けたのだろう。
しかし、残念ながら暴力沙汰には恵まれず、やや欲求不満なのか、事務所の冷蔵庫から缶酎ハイやらビールやらを取り出して飲み始めていた。
まあな……。
昨日、アレだけ肉を喰わせたから、連中も「精」がついちまってしょうがねぇんだろうよと。
生暖かい目で見守る気持ちになりながらも、里中としては、その飲みに付き合う気にはなれなかった。
「おい、オレは帰るから。お前ら、店、ちゃんと閉めとけよ」
「イイ感じ」にアルコールが回り出し、ワアワアと騒ぎ始めた組員たちにそう言い置いて、里中は砧興業を後にした。
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