蛋撻rhapsody(エピソード完結済)

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5  その日は、里中にとって、まあまあ、のんびりと「つつがない日」だった。  ――途中までは。  午後遅くに、組の「ヒモ」が付けてある「とある店」から「SOS」の連絡が入る。  いわゆる「裏カジノ」。  とはいっても、ディーラーがいるような店ではなくて、違法スロットがメインの「カジュアル」な場所だ。    「SOS」というのは、「ちょっと面倒な客」が騒ぎ出したから「対応」して欲しいという内容だった。  普段なら、その程度のこと、代貸(さとなか)みずからが動くこともなく、若いのを何人かやって済ませる。  だが、その「面倒な客」というのが、どうやら、色々「面白そう」なヤツらしいと。  年季の入った「ヤクザの勘」で察し盗った里中は、珍しくも組の連中と一緒に出張ることにしたのだった。  里中の勘は的中した  負けが込んで、「訴える」だの「警察がどうの」だのと騒ぎ立てていた「客」の肩を、里中が優しく叩いて個室に連れ込む。  情深さと凄みとを巧みに織り交ぜ、上手いこと話を聞き出してみれば、どうしてどうして、結構な地位の人間であることが分かった。  そうとなれば、こちらから逆に「脅し」をかけるまで。  こういうヤツこそ、やんわりやんわりと、細く長く「引っ張れる」。  代貸みずから出張った甲斐あって、組の「ちょっとした収入(恐喝)源」を新たに確保できた。 「これがヤクザの『地道な』営業ってモンだぜ」と。  心地よい達成感を感じながら里中と組員が事務所に戻ってくれば、夜ももう、結構更けた頃合いになっていた。  若い連中は、「すわ、暴れ回れる」と期待し、裏カジノに駆け付けたのだろう。  しかし、残念ながら暴力沙汰には恵まれず、やや欲求不満なのか、事務所の冷蔵庫から缶酎ハイやらビールやらを取り出して飲み始めていた。  まあな……。  昨日、アレだけ肉を喰わせたから、連中も「精」がついちまってしょうがねぇんだろうよと。  生暖かい目で見守る気持ちになりながらも、里中としては、その飲みに付き合う気にはなれなかった。 「おい、オレは帰るから。お前ら、(事務所)、ちゃんと閉めとけよ」    「イイ感じ」にアルコールが回り出し、ワアワアと騒ぎ始めた組員たちにそう言い置いて、里中は砧興業を後にした。 *
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