蛋撻rhapsody(エピソード完結済)

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   無論、組員の中には、事務所に近い、繁華街の狭苦しい古いマンションに住んでいるヤツらも多い。  いわゆる「ヤクザマンション」だとか、最近はネットや週刊誌で話題にされるような物件だ。  そんな「呼び名」が広まる前は、里中もその手の場所に長く住んでいた。  だが代貸になってからは、シマからほど近いものの、少しは「住宅地」らしい場所に居を移している。  地下鉄で二駅。  タクシーで十分かそこら。とはいっても、まあ歩いて歩けない距離ではなかった。  里中も、ひさしぶりの「営業」で、ちょっと精神が高揚していたのだろう。  ふと気が向いて、今日はぶらり、歩いて帰ろうかと思いつく。  だったら、通り道のあの店で、軽く夜食を喰っていくかな。  おっと、まだ開いてやがるだろうか……などと、そんな算段をしつつ、ずいぶんと冬の匂いを強めてきた夜の空気の中を歩き出した。  里中は小さな紙袋をぶら下げている。  朝、李が買ってくれたエッグタルトの袋だ。  午前は午前で食べそびれ、午後はといえば、そんなこんなでバタバタしたから、食べるタイミングを逃していたのだった。    そして里中は、地下鉄の一駅目。  駅前のちいさな盛り場のはずれあたりに差し掛る。  この上なくショボく場末たスナックが並ぶ裏道で、男たち数人が、なにやら揉めていた。  ひとりを数人で囲み、殴る蹴るとやらかしているらしい。  それをチラリと一瞥したものの、里中は、  「まあ、シケたゴタゴタに関わり合いになンのもな」と通り過ぎようとした。  だが――  おい、待てよ、あの殴られてンの。  あれって。 「李さんじゃねぇのか……?」  呟きが声になると同時に、里中は踵を返して、路地裏へと入っていた。 ******************* 地道にはたらく里中さんの日常
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