蛋撻rhapsody(エピソード完結済)

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6 「ちょっと、兄さんたちよ。取り込み中すまねぇな」と。  「寄ってたかって誰かをタコ殴りにしている」現場に踏み込むにしては、どうにも呑気なセリフ。  しかしながら、ゾッと凄みを利かせた声音で、里中が言った。  案の定ではあるが、声を掛けられたチンピラ連中のひとりが、 「あンだぁ? 関係ねぇオッサンはすっこんでろや」と、イキりきって怒鳴りながら振り返る。  うすぼんやりとした明かりを背に佇む里中――  その風体はといえば、別段、特徴もない中年男のモノで。  ややサイズの合っていないジャケットに、すこしくたびれたスラックス。  ポロシャツめいたメリヤスのインナー。  さらに手には、菓子の小袋をぶら下げて。  しかし、里中が声を掛けたチンピラは、ただの「与太者」ではなく、どうやら「その筋」の端くれだったらしい。  即座に、里中から滲み出る「格の違い」を嗅ぎ取り、表情を引き締めた。    里中も、相手の変化をすぐさま感じ取る。  そして、「おう、お前さんら、どこのモンだ?」と、低く問うた。  チンピラが「銀寮会」傘下のチンケな組の名を即答する。  ……ああ、そうか。  ちょうど、この辺は。アレだな。  銀寮会のシマの端っこギリギリ……ってとこか。  腑に落ちたように、里中は、ひとり小さく頷いた。  すると、李を囲んでいた他の連中も、「何事か?」と、殴る蹴るの手足を止め、里中の方を振り返る。 「オレは砧の里中ってモンだ」  名乗った瞬間、チンピラ全員の顔色が、ザッと変わった。  「砧興業」が、自分らの「親」の「銀寮会」と同格、ないしは、やや格上の組で。  その代貸(No.2)の名が「里中」だと。  そんな事々がすぐに頭に浮かぶ程度には、この連中も、極道の「躾ができている」ということだ。 「で? なに揉めてやがンだ?」  ポンと投げるように問うて、里中は、地べたに転がる李を顎先で示す。 「いえ、そう大したことでは……」  最初に里中を振り返った男が、ごく曖昧に応じた。  連中の中では、おそらく一番の兄貴格なのだろう。 「あぁン? 大したことねぇなら、こんなところでカタギのニイちゃん、囲んだりはしねぇだろうて」  里中がさらに突っ込むから、チンピラの方も、それ以上シラばっくれることもできなかった。 「……この中国人、オレらのシマで、ちょいと行儀ワリィ真似しやがりましてね。まあ、躾っていいますか」 「そりゃご苦労なこった。お疲れさん」  「砧の代貸」たる貫禄を滲ませて、里中が鷹揚に労いの言葉を口にする。 「だが、そのニイちゃん、オレのちょっとした顔見知りでな。ここはひとつ、こっちに『仕置き』任してもらえねぇか」  チンピラのトップのまなじりが、一瞬、不服気に強ばった。 「ですが、里中の大叔父御(おおおじご)、それは……ちょっと」  まあ、そうだな。「大親」の「兄弟分」だ。  普通に言えば、オレはコイツらの「従叔父」ではあるが。    まあ、オレとの「格」の違いを考えれば、「従叔父(いとこちがい)」も「叔父御」も軽すぎだ。  「大叔父御」呼びが妥当なところだろうて。  しかし、イマドキの若いのにしちゃ珍しく、コイツも躾のできた極道だな。  「話の通じそうな相手」だと踏んで、里中は、一歩も引かない大物のオーラを漂わせながらも、一応、礼を尽くした言葉を続けた。
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