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「アンタらの面子が掛かってるのは承知の上だ。だが、ここはひとつ、オレの顔に免じてもらえるかい」
「砧興業の代貸」に、ここまで言われては、チンピラ連中も引き下がらざるを得ない。
「分かりました」と噛みしめるように呟いて、兄貴分が仲間に目配せすれば、一同は、李から離れ、その場を去っていく。
連中の内、一番若そうなスタジャン姿の男が、最後に一発、李の脛に蹴りを入れ、「覚えてろよ、この糞チャイニーズ」と吐き捨てた。
チンピラが姿を消し、路地裏に静けさが戻る。
里中が、李へと歩み寄った。
「おいおい、李さんよ。アンタどうした? なんで、こんなトコうろついてんだ。夜から酒家じゃなかったのかよ」
「ちょっと、事情、ありまして……」
李が咳込みながら、ヨロヨロと上体を起こした。
「おっと。こりゃ、随分、派手にやられたモンだな」
里中が李の背に腕を添える。
スイマセン、でもダイジョブですから……と。
立ち上がろうとして、けれども李はよろめいた。
「あんま『ダイジョブ』って感じじゃねぇが」
李の両腕をガシリと支え、里中がボヤきめいて呟く。
「ああ、そうですね……ハンサムな顔が台無しです」
李が、そんな戯れ言を大真面目な口調で嘯くから、
「自分で言うなや」と里中も、思わず突っ込まずにはいられない。
すると、李がクスリと含み笑いを洩らす。
「なんだよ?」と、里中が怪訝に問いかければ、李は、「いえ……」と言い淀む。
そして、
「里中さんは、やっぱり『ヤクザの大哥』ですね……」と続けた。
里中が小さく苦笑する。
「そういや……『日本黒社会』に関わンのは厭とかって、アンタ言ってたな」
係、と呟いて、李が痣だらけのくちもとを、ふわりと緩める。
「でも『朋友』になら……助けてもらっても、いいですね」
「おっと、『朋友』ときたか」
里中が、また苦々しく、だがどこか照れたように笑った。そして、
「どうする、李さん。病院、行きてぇか?」と問いかける。
李はフルフルと首を横に振った。
それも「想定どおり」と頷いて、里中は、
「ま、ともかく、車でも拾うか」と、李の肩を支えながら表通りへと歩き出した。
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