蛋撻rhapsody(エピソード完結済)

13/18

316人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
7  そこからタクシーで、ほぼ千円ほどの距離だということもあり、成り行き上、里中は李をマンションの自室へと連れ帰った。 「薬だとかなんだとか、手当できるようなモンは、なんもないけどな」  ベージュのソファーに李を座らせて、里中は台所へと入っていく。  冷蔵庫の冷蔵室を開き、製氷機からありったけのアイスキューブを取り出して、そこらに散らばっていたコンビニのビニール袋に詰めた。 「とりあえず、傷、冷やしとけや」  言いながら氷の入ったビニールを、いくつか李へと手渡す。  おずおずと受け取って、李は両頬にそれらをあてがった。 「ちょっと、腹のあたり見せてみろ」  ソファーの上に李を横たわらせ、そのわきに、里中が浅く腰を下ろす。  そして、李のシャツを捲り上げた。     里中が、李の身体に、軽く指を滑らせる。  まあ、骨は折れちゃいねえな――  もちろん骨がイッちまってたら、そもそも立ちあがって歩けやしねぇだろうが。  里中とて、若い時分は無茶をやった。  喧嘩傷の具合だったら、医者ではないが、大体のところ察しはつく。  鬱血や腫れの具合からみて、李のケガは、それほど深刻なものではなさそうだった。  「マトモな極道」なら、カタギ相手にそう無茶苦茶はしない。  見せしめのために派手な傷を負わせはするし、しっかりと痛みこそ与えはすれ。   まかり間違っても、死ぬような怪我を負わせることはないよう、それとなに「加減」をするものだ。  そこらへんが、ゲームしかやったことがないような青臭いガキや愚連隊連中の、とんでもない暴力沙汰とは一味違うところなんだがな――  ツラツラと、そんなことを考えながら、里中は捲り上げた李のシャツを戻す。  そしてそのまま手を滑らせて、腰骨、脚の骨の具合を念のために確かめた。    脛を軽く握ったところで、李が鈍く呻く。 「おっと、すまんな」  里中は、氷入りのビニールを、李の脛の部分にもあてがってやった。 「……ありがと、ございます」  そんな風に、めずらしく殊勝に李が礼を言うものだから、里中も思わず面食らう。  だから、きまり悪さを隠すように、 「確かに『香港明星(映画スター)』が台無しだな」と、柄にもなく戯れ言を口にしてしまった。  けれども、よくよく見てみれば。  頬や口もとは痣だらけとはいえ、李の鼻筋は、傷ひとつなく無事だった。  それに気づき、里中は軽く眉根を寄せる。 「李さん、アンタ、目いっぱい顔だけは庇ってたんだろ」  「ふふふ」と、李は、か細くやわらかな含み笑いだけを洩らした。  それが夜にほどけて消えれば、静けさが落ちてくる。  里中は、なぜだか据わりが悪くて仕方がなくなった。    そんな静寂を、李の呟きが小さく破る。 「タバコ……」 「アン?」 「里中さん、タバコ、点けてください」  ああ? と、里中が、タバコの場所を尋ねるように目を眇めれば、李は顎先で、上着の内ポケットを指し示した。  里中は、そこから「メビウス」のソフトパックを取り出し、パックの中にねじ入れてあった百円ライターとタバコ一本とを抜き取る。  そして、メビウスを咥えて、ライターの火を回した。  フカシがてらに一服吸えば、十年ぶりだかのタバコは、妙に美味かった。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

316人が本棚に入れています
本棚に追加