蛋撻rhapsody(エピソード完結済)

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 里中は、火のついたタバコを李のくちもとにあてがってやる。  李はそれを、パクとくちびるで啄んだ。 「なあ、李さんよ」  立ち上るメビウスの煙を打ち眺めながら、里中が言う。 「アンタ、一体、何やらかしたんだ?」  李は無言だった。  そして、その沈黙には、「話したくない」という李の意思が明らかに滲んでいた。  あのチンピラ連中の組は、銀寮会傘下だ。  銀寮会といえば――  若頭の曾地原の姿が「見えなく」なって、今、ちょっと内部がゴタついている。  というか、おそらく曾地原は「消された」のだろう。それも、おそらくは劉山会本家に。  「界隈」の者は、薄々そう感じ取っていた。    だが、里中は。  「ソチバラをヤッた」のは「本家」ではなく、おそらく「秦久彦」なのではないかと、ひそかに想像していた。    コトの仔細は、無論、里中にも分からない。  だが、それまでの秦とのやり取り、秦からの頼まれごとなど、もろもろを考えあわせれば、おそらくは――  闇の内にソチバラを葬ったのは、秦の大叔父だろうと。  もはや、それは里中にとっては確信に近かった。  ともかく、若頭が消えた今。  銀寮会内部も「その下」も、まあ、色々とゴタついて、気の立つこともあるだろうと察しはつく。  李さんも、そんな、ちょうど間の悪い時に「何か」をしでかしたんだろうが――  「ヤレヤレ」と、思わず内心のボヤキを口に出し、里中は李の咥えタバコを摘み取った。  そして、それを自らのくちもとへと持っていき、ゆっくりと煙を吸い込む。 「里中さん……新しいのに火を点けたらどうです。一本、あげますよ」  ぼそりと、李が言った。  だが里中とて、一応は「禁煙」の操を立てた身だ。  それも十年近く続けたとあっては、なんだか、一本丸々吸うのは気が引ける。  名残惜し気に、もう一口、煙を吸い込んでから、里中はタバコを挟んだ指を、ふたたび李のくちもとへと近づけた。  李の形の良いくちびるは、ところどころ裂け、血が滲んでいる。  タバコを待つように、かすかに開いた隙間から、白い歯が垣間見えていた。  里中は親指で、そっと李の口の端をなぞる。  続けて、鬱血し、いつもよりも少し膨らんだくちびるに触れた。  李が、どこか透明な眼差しで里中を見上げる  そして、くちびるに触れる里中の親指を、タバコを咥えるかのようにして、パクリと食んだ。  李の舌が口腔に含んだ里中の親指を、ゆっくり舐っていく。    ゾワリと、背筋を駆け上がってくる刺激に正気を取り戻し、里中は、とっさに手を引っ込めた。  李は瞬きもせぬまま、遠いような瞳で、里中を見つめ続けている。  そしてひとこと、 「キス……しますか? 里中さん」と、消えそうに揺らめく声で呟いた。
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