蛋撻rhapsody(エピソード完結済)

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8  き、す……だと?  李の言葉を、脳内で反芻しながらも。  里中は、ただポカンと、その意味を掴みかねて瞬いた。  血が滲み、腫れて膨らんだ李のくちびるだけが、今、里中の目に映っていて。  このくちびるに、キス――  なんの脈絡もなく、前提もなくポンと投げ込まれた仮定を。  それでももう一度、頭の中で繰り返せば、里中の口腔に、じゅわりと唾液が溢れた。    くちびるに触れる互いの肉のやわらかさや、絡みつく舌の感触。  なにひとつ、知りもしないのに。知っているワケもないのに。  そんな事々が、ワッと口内に蘇るようで。  そして里中は、上体を李の上へと傾けていく。  気づけば、頬に顎に、互いの息遣いを感じるほど、ふたりの顔は近づいていた。  そんな至近距離であらためて見やれば、まだらに痣が広がってはいるものの、李の肌は驚くほどに美しかった。  李の、かすかな血の匂いをかぎ取って、里中は舌上にキスの味を想像してしまう。  錆じみた苦味と、メビウスの煙の焦げっぽい味――  だが、次の瞬間。 「アヂっ……!!」と叫んで、里中が飛び退った。  手にしていたタバコが、ちょうどフィルターまで燃え尽きていた。  指先を、思いっきり熱気に焙られた里中は、タバコを放って、 「痛ぇな、ったく」と、苛立ち半分、ボヤキ半分に吐き捨てる。  李が、クスクスと笑い出した。  そして上体を軽く起こして、手にしていた氷の袋を、今一度、顎先と頬に当て直す。 「お姉さんが、商売はじめました」  ポツリと、ごく唐突に李が洩らした。 「あのあたりで……ちいさい店です」 「そうかい」と、里中はごく当たり障りのない相槌を返す。  だがそれは、声音と口調と、そして里中独特の佇まいとが相まって、誰の話をも自然と引き出してしまう魔法の言葉だった。  「黒社会の……ええっと『チンピラ』? どの国でも『みかじめ』欲しがります」  そこで一旦、話を区切ると、李はチラリと里中を見やり、  「まあ、それは、しょうがないですが……」と溜息交じりに洩らす。 「お姉さんも払ってます。でも最近、別の『組』も来るようになりました」 「ああ……『二重取り』にあってんのか」  里中が、低く呟いた。 「そう、玲姐姐(リンジェージェー)の商売、そんなに大きくないですから、二か所も払えませんね。それで相談されました」  ……玲姐姐(リンジェージェー)? 聞いた名前だな。  ああ、今朝言ってた。  李さんのマンションですれ違った、あの年増美女のことか。  ってか、「お姉さん」って、なんだよ。  あの女、ホントに李さんの「家族」なのか……?    などと、色々疑問がわかないでもなかったが、とりあえず里中は、 「なるほど、それで?」と、李の話の先を促すことにした。
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