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「先に払ってた組に言いつけましたよ、『別の組が来て困ってる』って。でも何もしてくれないです」
「そいつは難儀だな」
「だったら、みかじめ料払う意味ないです。だから、わたし、文句を言いました。『もうアンタらには払わない』って」
「なるほど……それでタコ殴りにあったと」
ったく、銀寮会も、もうどうしようもねぇな……。
シマの端っこをかすめ取られてるっていうのに、「シメシ」もつけられず、カタギの李さんをボコってどうすんだ?
「っていうか、李さんよ」
里中が、ずいと李に向き直る。
「そんなことなら、俺にひとこと言ってくれりゃぁいいじゃねぇか。てめぇで『ナシ』つけようなんざ、水くせぇ」
李は、ただ黙って目を伏せた。
「極道には極道の筋の通し方があるからな。その方が、話早いんだぜ? そりゃまあ……秦の大叔父がいりゃあな、ソッチに言えば済むことだろうが。だが、その程度のことなら、別に俺だってどうとでも」
すると、李がキョトンと瞬いて、里中を見上げた。
「秦さんが……いれば?」
「おう。そうさ……って、アレだろ、大叔父、酒家にもトンと顔見せちゃないだろうが」
「いいえ? この前、来ました。上海蟹のシーズンは、絶対来ます。秦さん、食いしん坊です」
「それっていつだよ。ひと月とかふた月とか前じゃねえのか?」
と言ってから、里中は、「ああそうか、俺が大叔父に連れられて行ってからだって、ひと月も経っちゃいねえか……」と気づく。
「たぶん、一週間くらい前です。ひとりで、昼に。でも秦さんは特別ですから、昼に蟹、出しました」
「……」
「それがどうかしましたか。里中さん?」
「いや……どうもしねぇ、なんでもねぇ」
李が首を傾げた。
そして、「啊……」と唸りながら軽く頷くと、
「里中さんも、食べたかったですか。上海蟹」と続ける。
「そうじゃねぇって」
「食べたかったんですね。わかります」
「違うって」
「哈哈哈哈」と、あの妙に癪に障る声で笑ってから、李は、
「里中さん、おいてきぼり、可哀想ですね」と嘯く。
だが調子に乗り過ぎたのか、すぐさま、口もとの痛みに顔をしかめた。
短く舌打ちを洩らし、里中が深々と溜息をつく。
「ああ、なんか腹減ったな……」
そう呟いて立ち上がると、里中はふと、あることを思い出した。
「そういや、今朝がた、李さんに貰った菓子があったっけか」
「哦? 蛋撻、まだ食べてなかったですか」
さも意外とでもいう風に、李が片眉を引き上げる。
「持って帰ってきた。今から喰うか」
そう言いながら、ダイニングテーブルの上の紙袋をガサガサとまさぐる里中を、李がすかさず止めた。
「待って、里中さん。それ、あたため直して食べるとおいしいですね」
言いながら李が、ヨロリとソファーから立ち上がる。
「おいおい、李さん。アンタはもうちょっと横になってなって」
李が「でも……」と言い返した。
「出来立てのときに食べないなら、あたため直さないと」
「なんだよ、いちいち細けぇな……」と呟きながらも、くちもとには、そこはかとない微笑をたたえて、里中が李を振り返る。
「分かった分かった。あっためりゃいいんだろ? で、どうすりゃいいんだ?」
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