316人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
9
「噢……鋁箔、アルミホイル、ありますか」
「あぁ? っと……どうだろうな」
里中が、台所に入りシンクの引き出しをかき回す。
「あったあった、ちっと古いが、別にいいんだろ?」
「蛋撻、一個ずつ包んでください」
「包む?」と返してから、里中はエッグタルトの箱を開けた。
蛋撻は四つ入っていた。
その一つ一つを、里中はガサゴソとアルミ箔でくるんでいく。
「包んだぞ。それで、どうすんだ?」
「冇是冇是……違います、もっと下の方、厚くして。すぐ焦げます」
「厚く?」
ったく、菓子ひとつ喰うのに面倒くせぇこったな……と。
そうボヤキはしたものの、里中は、タルトの底の部分でクシャクシャとアルミ箔を揉み固める。
「では、オーブンに入れてください」
「んなモンはねぇ」
「だったら……トースター」
「ねぇな」
李が黙り込む。
そして、啊! と短く叫び、
「コンロ、ガスコンロの焼くヤツ、焼き魚の……」と続けた。
「魚焼きグリル?」
里中が、怪訝な声を洩らす。「魚臭くならねぇのかよ」
そうは言いつつ里中も、「まあ、魚なんぞ家で焼いたことはなかったがな」と、すぐ思い至った。
しかし李は、ごくマジメに、
「冇問題。グリルは温度が高いです。匂い、移りません」などと請け合う。
その後も、やれ「弱めの中火」だの「傍についてて、焦げる匂いがしたらすぐに出せ」だのと、李の指示はやたらと細かかった。
ボヤキ節を噛みしめながらも、里中は一応、律儀に李の言う通りにしてやる。
部屋中に甘く香ばしい匂いが広がってきた。
「里中さん、もう、出していいです」
李の指示が飛ぶ。
「小心! やけど、気を付けて」
そんな李の声掛けと、熱されたアルミ箔へ不用意に指を伸ばした里中が、「あぢっ!」と叫んだのは、ほぼ同時で。
「咦、おバカですね、里中さんは」と、李のダメ出しが止まらない。
最初のコメントを投稿しよう!