蛋撻rhapsody(エピソード完結済)

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 そんなこんなを経て。  アルミ箔にくるまれたタルトを四つ載せた皿を手に、里中がキッチンから出てきた。 「李さんも食うか?」    そう声を掛けられ、黙って首を横に振りはしたものの、李はゆらりと立ち上がり、ダイニングテーブルまでやってくる。    里中の指がアルミホイルを剥くと、ほこほこと温まった蛋撻が姿を現した。  焦げ茶のパイ生地に齧りつけば、カシリ、サクリと澄んで乾いた音がする。  ザクザクと噛みしめてから飲み下し、里中が唸る。 「ああ、李さんよ。確かにコイツは旨いな……」  そして続けて食べ進み、一個目を平らげた。 「なんていうか、飲茶のと違って、このパリパリしてるのが、また良い感じじゃねぇか」  言いながら、里中は二個目のタルトのアルミ箔を剥く。  そして、大口で半分ほど齧ると、また咀嚼を始めた。  里中は、パイ生地の粉が盛大にテーブルに零れ落ち、シャツの胸元や口の周りに張り付いているのにも気づかぬまま、エッグタルトを食べ進める。 「あっためると、このクリームがトロッとなるのが、またいいな? まあ、プリンみたいな点心のエッグタルトも、あれはあれで悪かないんだが」  里中は、ひとり、実況中継のごとく感想を喋り続けていた。  それを視界の端で眺めながら、李は頬杖をつき、「おいしくて、よかったですね。里中さん」とだけ呟く。 「おう」と応じて里中は、三つ目の蛋撻に手を伸ばす。  すると、李がテーブルの上の手提げカゴに目を止めた。 「……なんですか、コレ」   里中が、ボトリとタルトを取り落とす。 「な、なんでもねぇよ」 「何か入ってますね」 「だからっ……なんでもねぇって言ってんだろ」  李がカゴへと手を伸ばした。 「重たいです」 「だから……っ、触んなって」  あからさまに狼狽する里中の様子が、俄然、李の茶目っ気に火を点けた。    李が、カゴの端に指先を掛けて手繰り寄せる。  ゴンッと重い音とともに柳のカゴが倒れ、中からビニール袋が転がり出てきた。  里中がはじかれたように立ち上がり、ビニールへと手を伸ばす。  しかし一瞬の差で、李の手が、それを奪い取った。   「………(ほぁあああ)」  微妙に語尾の下がった感嘆語を発して、李が固まる。 「スゴイ、ですね」  李は、袋に手を突っ込むと、巨大ディルドを掴み出した。  そして、矯めつ眇めつに眺めまわしてから、里中を見上げる。 「違う、それは、オレのじゃねぇんだ。色々な、事情があってだな」 「はいりますか、里中さん、コレ」 「っていうか『はいりますか』ってなんだよ」 「ですから、里中さんの後ろに。もう挿入しましたか?」 「挿入し……っ、おまっ、言うに事欠いてっ……」  「(アイ)」と、溜息交じりに呟いて、李が肩をすくめた。 「里中さん、ダメね。あれは『元気元気』になるためのマッサージです。『挿れるの』にハマるのは間違いです……それも、こんな大きい。使ったら、お尻ダメになります」 「おいコラ!!! 違うって言ってんだろうが!!」  ついに、里中が怒鳴り声を上げた。  サッシ窓がビリビリと音を立てそうなほどの殺気に、李も思わず口をつぐむ  続けて、里中の怒号の余韻すら反響しそうなほどの沈黙が落ちてきた。  と、李が込み上げる笑いを喉に詰まらせる。  だが、ついに噴き出し、そのまま爆笑し始めた。   「……それにしても、さとなかさん。これは大きいです」  言いながら、李が手にしたバイブのスイッチを入れる。  モーター音とともに、巨大バイブが、うねうねとピストン運動を開始した。  李がゲラゲラと笑い転げる。 「これ、おっきい。おっきいおちんちんですねぇ、ホント。里中さんのおちんちんより大きい」 「いい加減にしろや!! しつっこいぞ、李さん!! スイッチ切れや!」  年季の入ったヤクザの声音で恫喝めいて吐き捨ててから、里中は、 「ったく、ガキじゃねぇんだから……」と呟く。 「ああ、わたしケガ人。笑ったらイタイです。口もお腹も……」  とか何とか言いながらも、李はまたひとしきり笑い転げ、ついには、 「哎呀(アイヤー)好痛(ホウトン)好痛呀(ホウトンガー)」などと洩らしながら、やっとのことで笑い止んだ。  里中が、李の手からバイブレーターをひったくる。  そしてビニール袋に包んで、カゴの中に放り入れた。  そのままドサリと椅子に腰かければ、里中は、自分の服がパイの粉だらけなことに気づく。  気恥ずかしさに頬を熱くしながら、シャツの胸元やスラックスの腿を、懸命に掌で払った。  そして、ボソリとこう口にする。 「ところで、その……玲姐姐(リンジェージェー)とやらは、なんの商売やってんだ?」 「足裏マッサージのみせです」 「ああ、そうかい」  李の答えに、里中がゆるい相槌を打つ。そして、 「その店、もちろんお国のヒモ(中国マフィア)つきじゃあねぇんだよな?」と続けた。  コクリと、李が頷く。 「そうかい」と引き取って、里中は話を終えた。  そして、少し冷め始めたエッグタルトに、カサリと指を伸ばす。  続けて、サクサクと、里中がタルトを食む音だけが部屋に響いた。 「……里中さん」  漂うように、李が口にする。 「唔該晒(ンゴイサイ)」    ――李が、何に対して「唔該(ありがとう)」と言ったのか。    里中が「したこと」とだけでなく。  おそらく里中が「これからしようとしていること」。  それも、李には分かっていて。  その両方に対して、礼を言っているのだと。  それが里中にも分かった――  だから。  里中もただ一言、こう返す。 「唔使唔該(ンサインゴイ)李先生(リーシンサーン)」 (蛋撻rhapsody  劇終)  ――そして、受け継がれていく遺産(レガシー)(笑) ********* どうでもいい話 【蛋撻(ダーンタッ)】 港式(香港風)と澳門式(マカオ風、というか、ほぼポルトガル風(?)だと思いますが)があります (作中では色々差しさわりがあるかも……なので架空の店名にしていますが)こんな感じの名前の有名店がマカオにあり……そっちが、里中さんの食べてるヤツです エッグ「タルト」の名前から行くと、タルト生地を使っている「港式」のほうが、名前と一致しているのかな……澳門式はパイ生地で、”Pastel de Nata”に、ほぼほぼ近い気がします……(でも、英国経由で伝わったナタの方を「澳門式」っていうのが興味深し) あ、ベレン(リスボン郊外)のパスティスデナタ……思い出したら涎が ガラオン(ミルクコーヒー)とともに、いただきたいものです 港式蛋撻といえば、中環のあのパッテン総督「お気に」のお店が浮かびます でも総督のお気にのお店でいうと、沙翁(サーヨン)のほうに「♡」を送りたい 今でもスターフェリーの入口で買えるのかしら……思い出したら、懐かしくなってきました 左党なわりに、めずらしくスイーツ関係に思いをはせた今回でした(カスタードクリーム好き) *小心(シウサム) きをつけて *好痛呀(ホウトンガー) 痛いよぉ *唔使唔該(ンサインゴイ) どういたしまして(「唔該(ありがとう)」の「唔使(必要はないよ)」)
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