聖誕快樂!(エピソード完結済)

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 イヤイヤ。  せめて、オレが注文したビールと炒麺をゴチるとかな? そういうのが「礼」じゃねえのかよ。  まあ、礼なんぞ求めてやったこっちゃ、ハナからねぇんだがよ? 別にな?  それでも、「雇われ」とはいえ、李さん。  アンタ一応、この店の「支配人」だろうがよ?  「しかも」だ。  この菓子って……。 「李さんよ、これって『ケーキ』じゃねえか。この店(粤菜)のメニューじゃねぇだろうが?」 「係呀(ハイア)、そうです」と。  李がケロリと答えるものだから、訊ねた里中の方が、 「だろ……? ってか、これナンだ、何ケーキだ?」と苦笑する。 「それはチーズケーキです。龍島(lucullus)の」 「あぁン?」 「今日、香港から来たレストランのスタッフに買ってきてもらいました……美味しいです」 「ま、そりゃ美味そうではあるが」  だがよ、なんでいきなりチーズケーキなんだ?  広東料理店で?!  そんなような、とめどもない疑問符が、里中の表情に溢れ出ていたのだろう。  李が、こう続けた。 「たまにはケーキもイイですね……もうすぐクリスマスですから」  そして、スッと顔を里中へ近づけると、 「ああ、里中さん。もっと『ちゃんとした』お礼が良かったですか?」と、微笑して囁く。  ――自称、「横顔が張國栄(レスリー・チャン)似」。  そうさな。  ちょっと歳喰っちゃあいるが、まあ確かに、そこそこ色男ではあるよな……などと。  李の横顔のアップに、里中が、ふとそんなことを思った瞬間、 「里中さん。ひょっとして『お礼』に、玲姐姐と寝たいですか?」  と、李が口にした。 「おい、ちょっ……、李さん、アンタ!」 「ああ、やっぱり里中さんも日本の『ヤクザ』ですね……これだから『日本ヤクザ』は、ホントに咸湿(ハンサップ)です」  ヤレヤレと、これ見よがしに肩をすくめて。  李は、テーブルに勘定書を挟んだ黒革のバインダーを置くと、お仕着せのジャケットをひらめかせて去っていく。  里中としては、いたく腑に落ちない気持ちではあったが、とりあえず、しょうがない。  置かれたケーキにフォークを入れた。  それはフワリとやわらかくて、口に入れるとホロホロ溶ける。  とはいえ、何の重たさもなく、「スカスカしている」というのとも違った。  ねっとりと、チーズのコクはしっかりある。  あふれんばかりに振りかけられた雪のような粉砂糖の迫力には、決して負けていない。  だがやはり、口当たりはあくまで軽いのだ。  そして、ケーキの側面にはクランチナッツが「これでもか」と、びっしりまぶされている。  その香ばしさが、またアクセントとなって、チーズケーキにありがちな単調さを救済していた。  なんだかんだと、結局、里中はケーキを堪能する。  たしかに、美味かった――  「龍島(ルクラス)」っていったな? 香港のケーキ屋か。  知らなかったな。昔からあんのか?  とかなんとか。  ツラツラ思いながら、ふたたび茶杯を取り、里中は中国茶で口の中をさっぱりとさせる。  そして、「さて、帰るか」と、李の置いていった勘定書の黒い紙ばさみを開いた。  するとその中には。  請求書ではなく、「代済み」の「領収書」が、ペラリと一枚入っていた。
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