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里中の好物、「干炒牛河」は、結構、「ズッシリ感」のあるメニューだ。
ついでにビールでも一杯飲めば、もうそれ一皿で、十分に腹がくちい。
その上、今日は、支配人の李がデザートまで出してきた。
香港の菓子屋のチーズケーキ。
「昼飯」としては十二分すぎだ。
満腹感を気だるく持て余しながら、里中が銀座から戻ってくると、砧の事務所は、なにやらゴタついている様子だった。
「なんだ、何をガタガタやってやがる?」
やや不機嫌を滲ませ、座を一瞬に押さえる眼力で見まわしながら、里中が低く発する。
「里中さん……実は」
と、若手を仕切る組員が、軽く腰を屈めて説明を始めた。
あるカラオケ屋で昼の日中から、トラブルが起きたらしい。
客同士の他愛ない揉め事だったが、タチの悪い男がいて、割と物騒な状況に発展しかねない様子になった。
無論、そのカラオケボックスには、諸々、警察沙汰にはできない事情があるワケで……要は「必ずしも」カラオケで稼いではいないということだが。
そこで、砧にSOSがきた――
という、ヤクザ事務所にとっては、ごくごく日常業務的な流れ。
「教育がてら」若い連中に任せてみたが、若造どもは、どうにも「上手いことケツを拭いて」は帰れなかったという顛末。
いずれにせよ、そう大した話でもない。
とはいえ、里中も一応、「オヤジから組を預かる身」として、つけなきゃならないシメシもある。
「お前らももう、そこらのチンピラ不良とはワケが違うだろうが? オヤジと盃交わしたからには、カラオケ屋のケツ持ち程度のこと、ビシッと筋を通せねぇでどうする?」
――アイツらには、最後の最後には、何をされるか分からない、と。
心の底の底で、カタギをビビらせる。
究極的には、暴力による恐怖で服従させているからこそ、人はヤクザの言いなりになる。
その「睨み」が利かせられなければ、それこそ「ケツ持ち」ひとつできはしない。だからこそ、入れるべきところで、キッチリと「脅し」をかけておかねばならいのだ。
極道も、里中ぐらいの「年季」が入ってくれば、その「脅し」は必ずしも「暴力」である必要はない。
情に厚いような、口当たりの良い静かな物言いで。
相手の感情を揺らして付け入り、ズルズルと弱みを引き出して掴む。
そして、あっという間に抜き差しならぬ事態に陥らされ、相手はもう、里中の「言うがまま」となるしかない――
けれども、「それ」は、里中だからこそのワザだ。
そこらのヤクザでは、到底、マネできるものではない。
だからこそ、まずは「目にモノ見せて」やる。
要所要所でキッチリ、「その手数」を踏んで置く必要があるのだ。
「クリスマスからこっち、年末年始ってのは、揉め事が多いモンと相場が決まってンだ。ナメたこと抜かしてねぇで、キチキチ落とし前つけていけや」
と、発破をかけておく。
そして里中は、四十がらみの古参の組員に向き直ると、
「細田ぁ……『エダ』からの今月のアガリ、どうなってんだ? 金勘定の帳面ぐらい、しっかりつけとけや」
ハイ、すぐにお持ちします、と速攻で返事する細田から、フイと視線をそらすと、里中は続けて、三十代とおぼしき大柄な男へ目を向けた。
「SSファイナンスの件。雲隠れした事務員は、まだ見つかんねぇのか。女の方はキッチリ見張ってンだろうなぁ?」
その男が言い訳めいた返答始めると、里中はそれを遮って、
「やかましいわ! なぁ? 谷本、オマエ、頭パッパラパーで、喧嘩しか能がねぇんだから、テメェのできることやらねぇでどうすンだ。あと、若い連中も、オマエがしっかりシツケとかねぇでどうする」
と言い放つ。さらに、
「おい、細田。事務所のコト、年末年始のアレコレも、チャッチャカやっとけよ。若いのに食わすモン飲ますモンも、たっぷり誂えとけ」と立て板に水と言った風にまくしたててから、ドサリと椅子に座る。
そして、
「コラ、雄太! ボサッとすンなや。オレが表から戻ったら、オマエはすぐに茶ぁ持ってくンだよ、ったく」
と、事務所で一番の下っ端小僧に吐き捨てた。
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