聖誕快樂!(エピソード完結済)

4/11
314人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
 里中の好物、「干炒牛河」は、結構、「ズッシリ感」のあるメニューだ。  ついでにビールでも一杯飲めば、もうそれ一皿で、十分に腹がくちい。  その上、今日は、支配人の李がデザートまで出してきた。  香港の菓子屋のチーズケーキ。  「昼飯」としては十二分すぎだ。  満腹感を気だるく持て余しながら、里中が銀座から戻ってくると、砧の事務所は、なにやらゴタついている様子だった。 「なんだ、何をガタガタやってやがる?」  やや不機嫌を滲ませ、座を一瞬に押さえる眼力で見まわしながら、里中が低く発する。 「里中さん……実は」  と、若手を仕切る組員が、軽く腰を屈めて説明を始めた。  あるカラオケ屋で昼の日中(ひなか)から、トラブルが起きたらしい。  客同士の他愛ない揉め事だったが、タチの悪い男がいて、割と物騒な状況に発展しかねない様子になった。    無論、そのカラオケボックスには、諸々、警察沙汰にはできない事情があるワケで……要は「必ずしも」カラオケで稼いではいないということだが。  そこで、(ウチ)にSOSがきた――  という、ヤクザ事務所にとっては、ごくごく日常業務的な流れ。  「教育がてら」若い連中に任せてみたが、若造どもは、どうにも「上手いことケツを拭いて」は帰れなかったという顛末。  いずれにせよ、そう大した話でもない。    とはいえ、里中も一応、「オヤジから()組を預かる()」として、つけなきゃならないシメシもある。 「お前らももう、そこらのチンピラ不良とはワケが違うだろうが? オヤジと盃交わしたからには、カラオケ屋のケツ持ち程度のこと、ビシッと筋を通せねぇでどうする?」  ――アイツらには、最後の最後には、何をされるか分からない、と。  心の底の底で、カタギをビビらせる。    究極的には、暴力による恐怖で服従させているからこそ、人はヤクザの言いなりになる。  その「睨み」が利かせられなければ、それこそ「ケツ持ち」ひとつできはしない。だからこそ、入れるべきところで、キッチリと「脅し」をかけておかねばならいのだ。  極道も、里中ぐらいの「年季」が入ってくれば、その「脅し」は必ずしも「暴力」である必要はない。  情に厚いような、口当たりの良い静かな物言いで。  相手の感情を揺らして付け入り、ズルズルと弱みを引き出して掴む。  そして、あっという間に抜き差しならぬ事態に陥らされ、相手はもう、里中の「言うがまま」となるしかない――  けれども、「それ」は、里中だからこそのワザだ。  そこらのヤクザでは、到底、マネできるものではない。  だからこそ、まずは「目にモノ見せて」やる。  要所要所でキッチリ、「その手数」を踏んで置く必要があるのだ。 「クリスマスからこっち、年末年始ってのは、揉め事が多いモンと相場が決まってンだ。ナメたこと抜かしてねぇで、キチキチ落とし前つけていけや」  と、発破をかけておく。  そして里中は、四十がらみの古参の組員に向き直ると、 「細田ぁ……『エダ』からの今月のアガリ、どうなってんだ? 金勘定の帳面ぐらい、しっかりつけとけや」    ハイ、すぐにお持ちします、と速攻で返事する細田から、フイと視線をそらすと、里中は続けて、三十代とおぼしき大柄な男へ目を向けた。 「SSファイナンスの件。雲隠れした事務員は、まだ見つかんねぇのか。女の方はキッチリ見張ってンだろうなぁ?」    その男が言い訳めいた返答始めると、里中はそれを遮って、 「やかましいわ! なぁ? 谷本、オマエ、頭パッパラパーで、喧嘩しか能がねぇんだから、テメェのできることやらねぇでどうすンだ。あと、若い連中も、オマエがしっかりシツケとかねぇでどうする」  と言い放つ。さらに、 「おい、細田。事務所のコト、年末年始のアレコレも、チャッチャカやっとけよ。若いのに食わすモン飲ますモンも、たっぷり誂えとけ」と立て板に水と言った風にまくしたててから、ドサリと椅子に座る。  そして、 「コラ、雄太! ボサッとすンなや。オレが表から戻ったら、オマエはすぐに茶ぁ持ってくンだよ、ったく」  と、事務所で一番の下っ端小僧に吐き捨てた。 *
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!