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5
そうやって、里中が李に連れていかれたのは、あるバーだった。
場所としては、京橋の方。
そこは相当にオーセンティックな店で、里中はやや意外に思う。
カウンターの最奥、横並びに腰を下ろすと、李はモヒートを注文した。
なんだよ、「モヒート」って。
こんな夜中に、夕方に飲むみたいなチャラい酒、頼みやがって――
里中は、心中、ケチでもつけたいような気持ちになったが、思い返せば李は、ついさっき店を〆てきたばかりだ。
ま、コイツにとっちゃ、今が宵の始まりってところかよ……と、里中の気持ちは、そんな感じに落ち着く。
そして里中自身は、適当なスコッチのロックを注文した。
随分と遅い時間までやっている店のようで、席はまだまだ賑わっている。
だが、客層は落ち着いていたから、無言のままグラスを傾ける里中と李の間の沈黙が、喧騒に消されるようなことはなかった。
「……なんで」
里中が、ふと口を開く。「なんで、オレを誘った」
李はただ、横目でチラリと里中を見る。
里中が続けた。
「『日本黒社会』と係わるのは『メンドクサイ』んだったろうが?」
「今は仕事じゃないですから」
「あ? なんだって?」
「秦さんはお客さん、不過……」
你唔係……。
「あン?」
「里中さんは、お客さんじゃありませんからね」
「ナニ言ってやがる、オレだって客だろうが」
「違います。だって里中さん、お金払ってない」
「オレが奢られてたって、店にとっちゃ客は客だろうがよ?!」
そう吐き捨てながらも里中は、シレッと屈託のない李の態度がどうにも憎めず、本気で怒る気になれなかった。
そしてあらためて、李の横顔をつくづくと見やる。
四十がらみか?
おそらく中年なんだろうが、意外に歳の読めない男だ。
なぜなんだろうな――
そう思ったところで、ふと、里中の頭に、
「點解」という広東語が浮かぶ。
點解、點解呀?――
向こうじゃ始終、耳にした。
點解呀、點解――
里中が覚えている広東語の中でも、それはやけに耳に残る言葉のひとつだった。
「肌」だろうか……?
里中は、そんなことを思いつく。
目尻や口もとに、薄く刻まれた皺はあれど、李の肌はハリがあって、ツルリと滑らかだった。
白髪もほとんど見当たらない。
顔の造作も「端正」と言えなくもなかった。
特に横顔を見ていると、そう感じた。
すると李が、里中の方にクルリと向き直る。
「それで? 元気ない里中さん。よかったら、わたし、悩み聴きますよ?」
「あぁ? 悩みって……別に。悩んじゃねぇよ、なんも」
「大丈夫、言いにくいの分かります」
嗯嗯と、ひとり頷いて、李が続ける。
「里中さんは『アレ』がうまくいかなかったね、そうでしょう?」
何でバレたのか。
サラッと図星を指され、里中は思い切りスコッチをむせ込んだ。
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