聖誕快樂!(エピソード完結済)

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 タクシーはすぐに目的地に着いた。  銀座の真ん中から京橋までのこと。  別にタクるほどの距離じゃねぇが……と思いつつ、里中は、 「近いとこ、悪かったな」と、運転手にちょっとした「心づけ」を握らせて車を降りる。    李は、タクシー代のことなど全く頭にないという風に、さっさと一人で店への階段を下りていた。  バーの客の入りも、なかなかだった。  ほぼ満席の店内で、唯一空いていたのが、入口に近いカウンター席。  里中と李は、横並びでそこに座る。  強めのカクテルを、立て続けに二杯飲み。  タバコを取り出して火を点ける間もなく、李は早速に酔いつぶれた。    「……だから言わんこっちゃねぇ」  ヤレヤレと溜息交じりに呟いて、勘定を済ませると、里中は李の脇に腕を通し、階段を上がって表へと出る。  タクシーを拾うのに、少々手間取ったから。  李を後部座席に押し込め、助手席に腰を下ろした途端、里中のくちびるから、またしても溜息が漏れた。 「どちらまで?」と。  無愛想気味に運転手に訊かれ、里中は京浜運河沿いの住所を口にする。  道はまあまあ空いていて、到着までにかかった時間は十分かそこらだった。  里中にとっては、もうすでに目慣れたさびれたマンション。  エレベーターに乗り込んで、李の部屋がある八階のボタンを押す。 「おい、李さん! 家着くぞ。部屋のカギは? どこに入ってんだ?」  だらしなく肩にもたれかかってくる李を問いただしながら、里中は李の上着を適当にまさぐる。  コートの左ポケットで、チャリリと金属音がした。  里中は、ツッコんだ指先でキーリングを手繰り寄せる。    李を支えて廊下を歩き、突き当りの部屋の玄関を開けた。  相変わらず、そこはセコハンの家具が転がる、中途半端に閑散とした部屋だった。  とりあえず、古い合皮のソファーに李を座らせると、里中は深々と溜息をつく。  そして、 「ったく、茶でも入れてくるかな……」と、キッチンへと向かった。  湯を沸かし、その辺の棚を漁って、水仙茶(ソイシンチャ)の箱を見つけ出す。  流しに置きっぱなしになっていた中華風のマグカップを軽くゆすぎ、そこへティーバッグを放り込んで湯を注いだ。  里中自身は、それこそ「飲み足りて」はいなかった。  銀座のクラブで、ちびちびと飲んだのはウィスキーの水割り。  アルコール量としては、まあ中途半端なモノだった。  通りを少し歩いただけでシラフに戻り、次に入ったバーでも、それほど飲む前に、さっさと李が潰れてしまった。  中国茶のマグカップを片手に、里中は冷蔵庫を覗いてみる。  冷凍室に、ズブロッカのボトルがあった。   「おあつらえ向きだ」とばかりに、それを取り出すと、里中はリビングへと戻っていく。 「ほら! 茶淹れてきたから。飲みな」  ぐたりとまどろむ李を揺り起こしながら、里中が言った。  喉の奥で唸り声をくぐもらせ、手の甲でグシャリと瞼を擦り、李が上体を起こす。 「噢……さとなかさん、唔該晒(ンゴイサイ)」  マグカップを受けとり、李が茶に口をつける。 「おい、熱いから、気ぃつけな」と、里中が言うそばから、李は「哎呀(アイヤ)…」と、顔をしかめる。  そして、ゆっくりゆっくりと茶を飲み下して、李は、 「スイマセン、里中さん」と、改めて口にした。 「ま、いいってことよ」  短く応じ、里中はズブロッカの蓋を捻る。  そして、ビール会社の名前が白くプリントされたコップに、トロリと凍ったウォッカを注ぎ入れた。  口に含めば、さっぱりと涼やかな口当たりの後で、強いアルコールが、カッと里中の喉を焼く。  まったりとしているようでいて、どこか落ち着かないような。  そんな奇妙な沈黙が、部屋に降りてきた。  李は水仙茶を、里中はズブロッカを。  それぞれに、黙々と飲み下す。  そして、無言の重みに耐え切れなくなったのは、まだ酔いが回り切らない里中の方が先だった。
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