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6
飲み下し損なったスコッチが鼻と耳に逆流していた。
「大丈夫ですか? 里中さん、大丈夫?」
背をさすりながら、そう繰り返す李に対し、里中は、心の中では「ざっけんな! 大丈夫なワケねぇだろうが!」とツッコミながらも、しばらくは息もつけない。
「スイマセン、お湯ください」
李が、バーテンダーに声を掛ける。
蝶ネクタイのバーテンダーは、すぐさま涼しい顔で、白湯とおしぼりを用意した。
里中は、白湯を少し飲み、溜息を吐き出す。
むせ込みは、やっと落ち着きを見せた。
「……點解」
うっすらと涙の滲む目で李の横顔を睨みながら、里中は、思わず広東語で口にする。
「なんで……ンなこと、分かって」
李が、瞬いて微笑んだ。
「おい、お前な……」
押し殺してはいながらも、それなりにヤクザの凄みを湛えた声で、里中は詰め寄る。
李が無言のまま、上着のポケットに指を入れた。
「タバコ、いいですか?」
「……おう」
禁煙して十年近くが経つが、里中とて、昔は吸っていた。別段、煙は嫌でもない。
咥えタバコの李が、もぞもぞとポケットを探っていると、バーテンダーがマッチを滑らせてきた。
今どきは、店の名前入りの紙マッチなんぞは作らないんだろう。
寄こしてきたのは、外国風のパッケージがされたマッチの小箱だった。
バーテンダーに近い方に座っていたのは里中だったから、箱を取ると一本摺って、李へと火を向けてやる。
マッチの炎でほのかに照らされた李の頬は、やはり驚くほどに色つやがよかった。
李は、一度もフカさぬまま、ひと口目から煙をゆっくりと吸い込む。
そして里中に、「唔該」と礼を言った。
煙は、嗅ぎ覚えのある懐かしい匂いだった――
おっと、これは「マイセン」か?
里中は、李のタバコの箱をチラと見やる。
淡いブルーのパッケージ――
「そうか、たしか名前が……」
「ナニ?」
「昔は『マイルドセブン』っていったんだ、そのタバコ」
「哦!」
合点がいったという風に、李が、ひと声上げた。
「そうでした、名前変わりました。でも、随分前でしょ?」
「ああ」
「里中さんは吸わないですか? タバコ」
「『マイルドセブン』の頃には吸ってたがな、今はもう止めた」
ふうん……とだけ相槌を打って、李は、しばしタバコを燻らせる。
そして、モヒートのグラスを空にすると、次はギムレットを注文した。
ったく、どこまでもシャラくさい酒、飲みやがるな、コイツは――
グラスにくちびるをつける李を視界の端で見ながら、里中はそんなようなことをツラツラ考える。
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