埋單, please!

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7  すると李が、唐突に、 「さっき里中さん。『なぜ(ディムカイ)』って訊きましたね」と、話し始める。 「だって、分かります。里中さん、『いい匂い』します。小姐(シィウジェー)の匂い」  ギョッとした里中は、鼻先に自らの袖口をつけ、確かめるように嗅いでしまう。  李はちいさく笑ってから、話を続けた。 「なのに全然、スッキリの顔してませんね。えーっと、浮かない顔? それにご飯終わってから、まだ時間も経ってない。ホテルに女の子来たけど、『アレ』が上手くいかなかった以外に思いつかない」  ことごとく言い当てられ、もはや里中としても、李に返す言葉がなかった。 「(アイ)、あんな御馳走食べたのに。里中さん、やっぱり『アレ』が『ダメ』でしたか。可哀想」 「いや、たしかにお前んトコの飯は美味かったがな。それとこれとは……」  って、お前な、「アレ」とか「ダメ」とか、いちいち言い過ぎだろうが! 「でも、今、いいクスリがあります。オジサンはみな持ってる。元気になるクスリ。里中さん、持ってなかったですか」 「あぁ? クスリ?」  んなモン。 「持ってたさ」と、里中はポケットから、フィルム状の勃起薬が入ったビニールの小袋を取り出した。  去り際の秦久彦から、ダメ押しに手渡された薬―― 「ソレ新しい薬ですね。効果が良くて早く効く。でも青い錠剤より、ちょっと高い」  言いながら李は、里中の手から、ひょいと小袋を摘み取った。  「哎呀(アイヤー)、里中さん、コレでもダメだった? 効かなかったですか?」  里中は無言で舌打ちをし、李の指先から勃起薬のODフィルムをひったくる。 「タバコも吸わない、お酒もあまり飲まない。ちゃんと健康に気をつけてる。なのに里中さん勃たない、勃起ダメ」 「だから、こんなトコで、『アレ』だの『ダメ』だの、連呼すんなって!」  里中は、上ずりそうな声を必死に押し殺す。  けれども李は、 「()()()()()」とトボケて笑うだけだった。 「このっ……屌你老母(ディウレイロウモウ)」  たまらず、里中が吐き捨てると、李が軽く眉根を寄せた。 「それ、すごく悪い言葉。ダメな言葉です。里中さん、意味知ってますか」 「知らいでか」  テメエの老母とおまんこしてやる……だ。   「ああ、でも今の里中さんじゃ、ダメね。お母さんとも誰とも『(アレ)』できない」  そう言ってまた、哈哈哈と笑ってから、李がふと、里中の耳もとにくちびるを寄せた。 「じゃあ、これは知ってますか、里中さん? 『屌你老母』には、もうひとつ、意味があります。『わたしの可愛いひと』って」 「……嘘つけっ!」  里中が飛びすさる。  李は、またしてもひとしきり、それこそ笑いたいだけ笑うと、ギムレットのグラスをゴクリと空にした。  続けてドライ・マティーニを注文し、里中に向き直る。 「里中さん『全然』ダメ。とっても重症です。でも心配いりません。悩むことない。ちゃんと方法あります」  方法――? 「なんだよそりゃ、あれか。『中国四千年の秘薬』とかってヤツか」 「秘薬? 中医薬のことですか。(モウ)(モウ)、違います」  李がゆっくりとかぶりを振る。 「漢方薬、ニセモノが多いです。ちゃんとしたのは高いですから、真面目に飲んだら、シンショウツブします」 「おいおい、李さんよ。『身上潰す』なんて、えらく難しい日本語知ってんのな?」  そうやって里中が、感心すれば、李は飄々と、 「わたし、日本に住んで十数年ですから」と応じた。 「……漢方じゃないなら、一体、ナンだってんだ?」  バーテンダーが、李の前にマティーニを置く。  李は、すかさずグラスを取り、 「大丈夫、大丈夫。良いことを教えてあげます。お金も全然かかりません。里中さん、ヤクザでも朋友(トモダチ)」と笑った。  そして、顔中をクエスチョンマークにしている里中に向かって、李は、仰々しくグラスを掲げて見せた。 (埋單, please! 劇終)
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