sorry呀!(エピソード完結済)

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sorry呀!(エピソード完結済)

1  李が、付け合わせのオリーブをパクリと食べて、マティーニを一気に飲み干した。  そして、 「じゃあ、お会計しましょう、お会計」と、早速に帰り支度を始める。    バーテンダーが滑らせてきた勘定書に視線を向けると、李は、「里中さん、約束通り、ワリカンですよ」と千円札を三枚取り出した。  おい、ちょっと待て――  オレがスコッチ一杯の間に、カクテル三杯も飲んでおいて、なにが「ワリカン」だ。  残りの支払いを里中におっつけて、李はスタスタと出口へと向かっていく。    結局のところ、サービスチャージ込みで、「半分」以上支払うハメになった里中は、不機嫌顔で李の背を追いかけた。 「おい、李さん。アンタ、どこ行くんだ?」  問いかける里中を無視して、李はバーを出て、階段を上がっていく。  そして、歩道に出たところで、やっと里中を振り返った。 「それでは、わたしの家に行きましょう」 「家?」  里中に問い返され、李は腕時計に視線を走らせる。 「啊……でももう、電車ありませんね……的士(ディッシー)、タクシー乗ります」  李が、ブンブンと大きく手を振ってタクシーを掴まえた。 「おい、ちょっと待てや」と、里中がすこし諫める風に口にすれば、李は、 「大丈夫、大丈夫、うち近いです」と返す。  なんなんだ、コイツ。  酔ってんのか?    などと、微妙に納得いかないながらも、結局、里中は李の後に続き、タクシーの後部座席に乗り込んだ。    李は相変わらず、口もとを穏やかに緩めて、ニコニコニヨニヨとした笑みを浮かべている。    どうやら李のヤツ、ちったぁ酔いが回っているらしいな。  たしかに、結構強い(カクテル)、ハイピッチで飲んでやがったし……。  隣に座る李の様子を横目で見ながら、里中はそんな風に思い返した。   酔っ払いってのは鬱陶しいモンと、相場は決まっちゃいるが。  まあ、陽気な酔っ払いは、クダを巻くヤツより数段「マシ」と言えなくもない。  それに――  「大丈夫、大丈夫。方法あります」と。  笑いながら断言した李の言葉が、正直、里中も、かなり気になっていた。  なんてったって、「さっきの女」は、メチャクチャ「タイプ」だったのだ……。  あんな「上玉」に一発もハメられず、みすみす、そのまま返すなど。  あまりにも痛恨の不首尾。  時が経てば経つほど里中の内には、ジワジワジワジワ、忸怩たる思いが込み上げて仕方がなかった。    ふと気づけば、そんな里中の横顔を、李がまじまじと見つめていた。 「おう、なんだ?」 「里中さんは、奥さんいますか」  李の質問は相当に唐突だったが、里中は、 「あン? 女房とは離婚した」と、サラリ応じてやる。 「じゃ、お子さんは?」 「一応、ひとりいる。まったく会ってもないが」 「(オー)…」  李が呟くように言う。 「寂しいですね。里中さん、可哀想」 「別に可哀想がられることもねぇ。別れたのは赤ん坊ン時で、それっきりだからな」  おっと、つい余計な事まで喋らされた。  オレも酒、回ってんのか?   里中は、そんな風にひとり小さく苦笑し、 「李さん、アンタはどうなんだ」と、水を向けてみた。 「わたし?」 「嫁さんは……まあ、いなさそうだな」 「冇。わたし、結婚はしたことないですね」  首を振りながら、李が続ける。 「里中さんは、奥さんいなくてカラダ寂しいから、お金払って女の子呼びますか?」    ド直球が飛んできた。 「いや、別に」里中は慌てて否定する。 「今晩は『タマタマ』」  あれだ。「接待」の一環ってヤツだ。  そんな里中の答えに、李は軽く眉を寄せ、 「わたし『風俗』、あまり好きじゃないです」と、シレッと口にした。 「んなもん、どうせ口だけだろうが」  なんだかんだ言ったって。  男ってのは、多かれ少なかれ、「据え膳は喰う」モンと相場が決まってんだ――  けれども李は、フルフルとかぶりを振る。 「(モウ)(モウ)。わたしには必要がないです。情人(コイビト)、たくさんいました」  ……オイ。  いきなりナニ自慢入ってんだ、コイツ。 「わたし、昔から小姐(シィウジェー)にモテます。女の子はみんな、わたしに情人になってほしいです」  李は、あっけらかんと臆面のかけらもない。 「わたし、ハンサムでしょう? 背も高いし」  そう言われてみれば。  まあ、そうとも言えるか知らんが……って。  自分で言うか?!!  コイツには、「謙遜の美徳」だとかって概念はないのか?!  そんな風に、憮然と眉根を寄せる里中に気づいてか気づかずか、李は、滔々と話を続ける。 「横顔、張國栄(レスリー・チャン)に似てるって言われます。自分もそう思いますね」 「ああ、そうかいそうかい」  里中は棒読みで応じる。  すると李が、クルリと里中に向き直った。 「でもわたし『カッコいい』だけじゃないです」  そして、里中の目を覗き込む。 「『アレ』も、とても上手。小姐はメロメロ。みんな大悦びです」  もはや里中も、相槌を打つことすら馬鹿らしくなってきた。  そうこうするうちに、タクシーが止まる。  どうやら車は、目的地に着いたらしかった。
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