もう一度君を感じれた

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もう一度君を感じれた

 前から歩いてくる一人の女性を見つめていた。青のストライプのワンピース。あの日と同じだ。初デートの待ち合わせはここだった、そして今見てるその服装だった。ショートヘアー好みの僕に合わせて髪を切ってくれた。小さな歩幅で、笑顔で待ち合わせ場所に歩いてきた君とはもう違う。彼女に記憶はもうないのだ。初デートの待ち合わせ場所がお気に入りだった僕らは、なかなか出発しないでここで何気ない話をずっとしてた。懐かしさに視界が滲む。 「こんにちは、夕日が綺麗ですね。お散歩ですか?」  彼女が僕に挨拶した。赤の他人に話しかけるように。必死に涙をこらえ、下唇を噛む。 「この場所、お気に入りなんです」  君の顔から目を逸らして空を見上げた。夕暮れの焼けるように紅い空は意地悪だ。彼女が歩く歩幅に合わせながら、ゆっくり歩いた。君が隣にいると時間がゆっくり穏やかに流れるのを感じれた。 「なにか思い出でもあるんですか?」  その敬語もやめてくれ。他人行儀な振る舞いに胸が引き裂かれそうになる。 「大切な人と、よくここで話してたんです。懐かしいなぁ」  同じように空を眺める君の横顔を見た。紅葉が咲き誇るように紅く照らされた姿、そんな顔はじめて見たよ。少し髪も伸びたな。君が恋人という存在になる少し前の頃を思い出す。 「私も…私もなんだか懐かしい気持ちになるんです。だから毎日ここへ来ては空を眺めてるんです。不思議ですよね」  柔らかく微笑む口元。甘酸っぱく照れくさい味を思い出してしまう。唇を離した後も、頬を染めながら照れ隠しに人差し指で頬を掻く、愛らしい仕草が脳裏に映る。  まだこれからだったのに。鈍感だった僕がやっと君の気持ちに答えれてあげて、これから…これからだったのに。悔しさと寂しさと、怒りのような感情が混ざり、どうしようもなく白い服の裾を握る手が力を増す。 「許してくれ…」  そう呟くと、君の手を引き強引に抱きしめていた。君の匂い、抱きしめた時の感触、さらさらの柔らかい髪、君がお気に入りだと言っていたこのワンピースの質感、小柄な体、何もかもが懐かしい。腕の中に吸い付くように合わさる。抑えきれない涙が溢れだし、ワンピースの肩を濡らしていた。  だが不思議と彼女は抵抗しなかった。抵抗しなかったが、僕の背中に腕を回すこともなかった。一方通行の記憶、愛、すべてはもう過去でしかないのだ。僕の中に夕日と共に焼き付いているだけ。でも、もうそれでよかった。もう一度君を抱きしめられた、君を感じれた。もうこれで後悔はないと思った。だが口からあふれ出す言葉には抗えなかった。 「彩絵…君と過ごした時間が幸せだった。彩絵の記憶にはもう何も残ってないかもしれない、でも…でも僕は、絶対忘れない、彩絵を愛したことを」  涙を流しながら喘ぐように喋り続けた。まともに声も繋げられなかったけど、君はただ頷いてくれた。ひたすら頷き続けてくれた。彼女の鼻をすする音で、君も泣いてるのだとわかった。記憶の欠片はまだ消えていなかったのか、僕の背中に腕回してくれた。 「ごめん……急に抱きしめたりして、でも離したくないんだ…もう少し、こうさせてくれ」  抱き寄せる力を強めると、君も力強く返してくれた。そのまま僕は抱きしめ続けた。時間が止まってしまったと錯覚するくらい長い間、そうしていた気がする。強く唇を噛みしめて、締め付けられる胸の奥を押し殺した。隙間なく密着していた体が、ゆっくり君との間に空間が広げていく。 「ありがとう…もう、大丈夫。大丈夫、またね」  最後は必死に作った笑顔で君に手を振った。意地悪だった空はそろそろ暗くなる。君に背中を向け、自分の歩幅で歩きだした。この日は一生忘れないと心に誓いながら。  手で涙を拭いながら歩いていると、後ろから足音が近づいてくるのがわかった。強引に左腕を引っ張られ振り返ると、唇に柔らかい唇が触れた。背伸びをするようにかかとを上げ、僕を抱きしめたのは彩絵だ。僕の胸元に顔を押し付け、震える声で言った。 「暁くん…」
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