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 俺は社員の誰とも交流を持とうとせず孤立し続け、時折、トラブルを起こすのに首にならない訳だから社員の中には会社に不満を抱き、俺を虞犯者と恐れ、転職する者も何人かいた。斯様に恐れられていたからという訳では無いが、俺はS工業に入社するまでは何処の職場でも生産数が少ないと、もっと早くやるようにと注意されて来たのにS工業では生産数が少なくても注意された事が無かった。俺が入社した頃より仕事が遅くて鈍臭い中途採用の若造社員にしても動作が闇から牛を引き出すで俺の生産数の半分位しか出来ないとんでもなく鈍間なベテラン社員にしても愛想が良いという由で注意されなかった。  実はS工業は仕事を怠慢な態度でちんたらやっていても愛想が良ければ注意せず、へらへらした愛想笑いが罷り通り、へらへらした人間程、出世出来る様な会社だったのだ。つまりS工業は御多分に漏れず上辺の明るさを重視し、上辺を明るく装う事に長けた世渡り上手の偽善者を優遇していながら俺の様に愛想が悪くても人付き合いを避けていても偽善者に立ち向かうトラブルメーカーであっても試用期間の三ヶ月間、居続ければ正社員として採用する、とても甘い体質の微温的な会社だったのだ。それが自分にとって都合がよく有難い事なのに俺は気に食わなかった。へらへらした雰囲気が堪らなく嫌だったのだ。  それで何かと批判的になった俺は、或る日の会議で若い上司が、毎日、各班で朝礼をしようじゃないか!と発案して、それが議決され、鬱陶しい事に班全員が純繰りに日替わりで朝礼のスピーチをする事になって、「本当に阿呆な事になってさあ」とその後のうんざりした経験談を或る晩、スナックで飲んでいる時、酔った勢いで止まり木を右に左に回転させたり煙草をぷかぷか吹かしたりして辺りに煙をまき散らしながら友人に長々とこうぶちまけたのだった。
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