4/9
前へ
/65ページ
次へ
 俺はS工業内の女性社員と男性社員との遣り取りを見ていても批判的にこう嘆くのだ。 「零細企業だけにこの会社には他の会社では男に相手にされない様なブスしかいないが、ここの男連中は全く嫌がる素振りも見せず、よくもまあ、あんなに愛想良く出来るもんだなあ。確かに上辺だけ見れば、良心的で非難されるべき事ではないが、ちっぽけな工場の中でのブスの間で囁かれる評判を良くしようと無理に愛想良く努めている小心者のさもしい打算が感じられて見ている方が情けなくなるし、あれじゃあブスが付け上がるだけだ」  或る日の仕事が終わった後なぞも手洗い場で或る五十代の不味い顔をした男性の上司が冗談で、「今晩、飲みに行くか」と或る二十代の不細工な女性平社員に持ち掛けた所、その不細工女はS工業に入社してからすっかり付け上がっていて、すっかり不味い顔に馴れているので、「いい男となら飲みに行くけど」と敬語を使わずタメ口で臆面も無く身の程知らずな言葉で返したら不味い顔は、「俺じゃ駄目か?」と不細工女が更に付け上がる不味い顔その儘の不味い質問をしたので不細工女は矢張り図に乗って、「もち駄目よ」と可愛い子なら別だが、思わずひっぱたいて、はったおしてやりたくなる様なふざけた言葉で返して来たのに不味い顔はお互いに冗談半分で喋っているから調子を合わせて、「やっぱり駄目か、こりゃ残念」と間抜けな落ちを付けて高笑いして見せて不細工女のみならず周りにいた者達を残らず笑わせたという事が有ったので、この場に居合わせた俺は、「嗚呼、嫌だ嫌だ、こいつらと一緒にいるだけで虫唾が走る。第一、こんな会話でブスと和んでいられる神経が理解出来ん。ブスが、『いい男となら飲みに行くけど』って言ったんだぞ!腹立たんのか!お前ら!『お前なんかいい男が相手にする訳ないだろ!』って言ってやれ!それは言いたくても言えないにしろ、そう思わんのか!まあ思っても、お前らはあの例の空気を読むというさもしい了見を起こしてブスに合わせて微笑んでいられる訳だが、『もち駄目よ』ってこれは幾ら何でもブスの冗談にはしておけん聞き捨てならん事だと思わんか。こんなふざけた事をブスに言われている様では、嗚呼、はっきり言って男としておしまいだな。それ位、屈辱的な事を言われているのにそれに対しブスが益々付け上がる冗談で返すとは全く呆れる。同調するのも大概にしろ!この阿呆上司は今までも俗物の御多分に漏れず常に勘定づくで物を考えて生きて来て、その場その場で姑息な手段を用いて皆を和ませ人望を集め良い人として出世して来た経歴が有るから、この場に於いても自分を笑いの種にする様な不味い顔その儘のプライド無き軽蔑に値する冗談に因ってブスを始め俗物どもを笑わせ首尾よく成功したと喜んでいる訳だ。どうやら俗世でみみっちく成功している者というのは、こういう低俗を極めた者が大半なのだろうな。つまり世の俗物どもが人望の有る良い人と呼んでいるのは大方この阿呆上司の類を指して呼んでいるのだろうな。全く阿呆ばっかりだ」と手洗いの順番待ちをしている間、批判的に慨嘆し、「特にこの会社はその阿呆の中でも雑魚の集まりだからブスが付け上がってしまう訳だ。嗚呼、こんな連中とはとても馴染めん。この空気の中にいる事が我慢ならん」と手洗いをしながら即刻この場から抜け出したくなった。
/65ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加