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 俺は先刻の工場長の言葉で既に目の前が真っ暗になっていたが、此処を首になったらもう終わりだと思ったから恥も外聞もなくなり、「皆の前で謝ります。これからは皆の和の中に入って皆と仲良くします。そうすれば、こんなトラブルは起きなくなります。ですからもう一回チャンスをください!」と食言し、傍観していた社長夫人に、「そんなの信用出来ますか!子供じゃあるまいし度々こんなトラブルを起こして会社に迷惑を掛けておいて申し訳ないと思わないの!この期に及んで何、言ってるの!潔く辞職しなさい!」と言われた後も熱くなる目頭を押さえながら命乞いをするかの様に何度も頭を下げて必死に嘆願してみた。が、今回ばかりは情状酌量されずチャンスを与えて貰えなかった次第だ。  諦めて打ち拉がれる俺に社長夫人が如何にも怪訝そうに言った。 「何でそんなに辞めたくないのにトラブルを起こすのか?そこが分からない」  俺はほとんど絶望した最中、深く項垂れた儘、呟いた。 「俺の心の中の道義心自尊心羞恥心が黙っていられなくなるんだ。あんたらは損得勘定で常にものを考えている事も然る事ながら道義心自尊心羞恥心が欠けているから分からないんだ」  俺はこのセリフを吐いた後、頗る決まりが悪くなった。死活問題とは言え、道義心自尊心羞恥心が無いかの様に俗人の前で俗人同様に損得勘定して往生際悪く何度も頭を下げて大嘘までついた挙句、涙を晒した甲斐も無く思い切り情けない形で辞める破目になった自分が鶍の嘴で件のセリフと全く食い違うからであった。故に慙愧の念に耐えなくなったが、こんな時に限って居直る性癖のある俺は、五人の前で彼らをS工業全員に見立て面子を保つべく長広舌を揮った。
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