曼殊沙華

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「……大丈夫だと思います」 「──え」 「娘さん、きっと吉田さんのこと許してくれると思います」 「……」 「吉田さんの事情を娘さんが知ったらきっと吉田さんと同じように母親になって子育てを始めた時、その心情が理解出来ると思います」 「……高梨…さん」 「私は吉田さんの娘さんじゃないけれど同じ名前のよしみで答えるとしたらたったひと言『お母さん、生んでくれてありがとう』だと思います」 「っ!」 自然に零れた私の言葉を訊いた吉田さんは目を見張り、そして瞳がじんわりと潤んで行った。 「あ……す、すみません。なんか勝手なことを」 「いえ……ありがとうございます。高梨さんの言葉……凄く心に響いて……まるで本当の娘に言われたような気がして……わたし……」 「……吉田さん」 私は涙を流す吉田さんの背中を擦りながら「大丈夫ですよ、娘さんも分かってくれます」と何度も続けた。 本当に不思議だったけれど……私にとって吉田さんという看護師さんに出会えたことによって少し不安だった出産へ望む気持ちが和らいだ気がした。 これから迎えるだろう出産、育児は想像以上に大変なものになると思って覚悟しているけれど出産も育児もひとりでするわけじゃない。 何人かの人の手が加わって成し遂げるものだと思えば未知の世界に対する畏怖も和らぐというものだった。
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