曼殊沙華

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母の居場所や生死の確認もままならないまま年月は過ぎて行き、やがて私は実の母親の存在を封印し育ててくれた伯母を母と慕い23歳の時に挙げた結婚式にも母親として出席してもらったのだった。 「わぁ……此処、曼殊沙華が咲いている」 「は? まんじゅしゃげ?」 「そう、彼岸花ともいうね」 「あぁ、あの赤い花か」 「一般的には彼岸花って呼び方がメジャーだけど曼殊沙華や死人花や幽霊花、一緒花とも呼ばれるんだよ」 「へぇ……って、智美(ともみ)、随分詳しいんだな」 「うん。だって私の一番好きな花だもん」 「彼岸花が? なんかちょっと縁起悪くない?」 「そんなことないよ。確かにお彼岸に咲くとかお墓によく生えているとか毒があるから危険とかネガティブなイメージがあるけど曼殊沙華って『天上の花』って意味で慶事の前触れみたいなポジティブなものもあるんだから」 「ふぅん…。まぁいいや。よかったな、好きな花が咲いていて」 「うん」 結婚した私と夫の隆志(たかし)はその日、新しいマンションに引っ越しした。一階だけれど小さな庭がついているのがいいなと思い契約した。 だけど其処を選んだ際たる理由は──…… 「それより足元気をつけろよ。お腹、大きいんだから」 「分かっているよ。ゆっくり、ゆっくり……でしょう?」 「そうそう」 私は妊娠七ヶ月の身重だった。 子どもが生まれたらこの小さい庭で遊べたらいいなと思ったのが此処を選んだ理由だった。
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