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「あ……動いた」
「え、本当?! どれどれ」
お腹の中で動いている子どもを感じようと夫が私のお腹に掌をかざす。
「分かる?」
「……うーん……分からない」
「残念」
こうやって何度か胎動を感じようと夫は試みるけれど未だにそれを知ることが出来ないでいた。
「もう少し大きくなったらもっと分かるようになるかもね」
「そっか…。絶対感じてやるからなぁー」
「ふふっ」
私は幸せだった。
実の母親がいなくて家庭的には寂しかったり悲しい思いをしたことはあったけれど、それでも信頼し合える夫と出逢って愛し合って結婚して、子どもを授かることが出来た奇跡はそれまでの私の不幸を一掃してくれた。
「そういえば明日定期検診だったな」
「そうだよ。よく覚えていたね」
「当然、カレンダーに赤丸しているし。でもひとりで大丈夫か? この家から病院行くの初めてだろう? やっぱ俺、会社休んで──」
「だから大丈夫だって。其処のバス停から出ている路線で乗り換えなしの15分。病院から近いのも此処を選んだ理由のひとつだったでしょう?」
「それはそうだけど……急に陣痛来たらどうすんの」
「いやいや、まだ全然早いから。落ち着いて、隆志。あまり過保護なのも私の方が心配になるから」
「そうか…? もし体調悪かったらタクシーで行けよ。それか俺に連絡して──」
「はいはい、分かったからそろそろ晩ご飯の支度しようかな」
「智美ぃ~~」
優しい夫は私以上に妊娠を喜び、そして身重の私を甲斐甲斐しく助けてくれる。
初めての妊娠で怖いことや分からないことが多いけれど、夫が一緒になって悩んだり焦ってくれたり、そんな気持ちが私にはとても心強く感じられたのだった。
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