曼殊沙華

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記憶にはない母がいなくなった時の状況に似ていると思った。 だけど育児ノイローゼで事件を起こしてしまったり一時的に子どもから離れてしまうなんて悲しい話はよく訊くことだと思ったら一瞬頭に浮かんだ考えはなりを潜めた。 「家を出てからはバイトやパートなんかで働いてひとりで生きて来て……色々あって一年ほど前から此方の病院に勤めるようになったの」 「それじゃあ娘さんや旦那さんとは」 「あの日以来会っていないの。わたしの姉には二、三度会って此方の事情や近況を話したりしたけれど、夫や娘には……一度も。そして姉を通じて夫とは離婚したわ」 「そんな」 「元に戻れないことは承知の上で家を出たのだからその覚悟はあったの。だけど……やっぱり娘のことだけは心残りで……。ダメね、自分から捨てた子に会いたいと思うなんてのは」 「……」 「夫と離婚してからは姉に会うことも連絡することも止めたの。だって姉を通じて話を訊けば会いたくなるじゃない? だから……会わないの」 「……」 「娘には憎まれていると思って、生涯会うことはないと心に刻んで……娘をちゃんと育てられなかった罪滅ぼしに少しでもなればいいなと産科の看護師として妊婦さんのメンタル的なお世話が出来たらと思ってこの仕事に励んでいるの」 「……そう……ですか」 思いのほか重たい話を訊いてしまって私はなんと言葉をかければいいのか迷った。 (もしかしたら私のお母さんも吉田さんみたいに……捨てたくて捨てたんじゃないのかも) 記憶にない母親像を何故か吉田さんに重ねると自然と口が開いていた。
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