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「────はい?」
艶やかな笑顔がこちらを振り返って、俺の思考は中断した。
独り言が風に流れて届いていたらしい。
「どうかしましたか?」
「いや……」
何でもない、と、再び紳士の仮面で微笑む俺を少女は首を傾げて見つめていたが、やがて何かに思い至ったように立ち上がった。
背丈こそ小さいが、見た目……十五才前後といったところだろうか。
真っ赤なケープに、真っ白なレースのエプロン。細やかな襞がふんだんにあしらわれた生成りのスカートには、濃淡のあるコスモス色の巻きスカートが重ねられている。──よくある村娘の服装だが、森の中で見るとやはり相当派手だ。
少女は手籠を再び腕にかけて、花に足をとられそうになりながら俺の前へとやって来る。風に揺られて輝く金の髪の奥で、二つの空が微笑っていた。
(無防備にしやがって……)
手を伸ばせば容易に届く距離。今の俺には挑発的とも思える行動が小憎らしい──
「ここまでご親切に……私はクリスティーナ。──あなたは?」
「…………は?」
一瞬、彼女が何を言っているのかわからなかった。
「? え……と、よかったら、名前……教えて、いただけませんか?」
俺は返事に窮した。
まさか、名前を訊かれるとは思わなくて。
誰かに名乗り、名乗られる。そんな機会とは無縁の世界にいたから。
今置かれている状況を理解して──
心臓がひとつ、大きく音をたてたような気がした。
「……アレックス、だ」
もう、何年も口にしていなかった己の名前。
不自然に空いてしまった間を取り繕うように、なんとか笑顔で返したものの、声はわずかに上擦っていたかもしれない。
少女──クリスティーナは、俺が答えるとふいに笑みを消した。
声音に不審を抱いたのだろうか。そう思って見ていると、ぱっと視線を外される。
そのままわずかに目を泳がせたあと──そんなにも嬉しそうな顔をする出来事が、この世にあるのかと問いたくなるほどの……こぼれ落ちるような笑顔を俺に向けた。
頬が、咲き乱れる花の色を写して染まっている。
「アレックス……こんな素敵な場所に連れてきてくれて本当にありがとう」
「………………」
今度は……礼を言われた。
(待ってくれ……)
────さっきから一体、何が起きている?
名前を訊かれて?
礼を言われて?
……この、俺が……?
────風が舞い上がる。
陽の光にあたためられた風に甘く香る花園。
花びらが舞い、柔らかな綿毛が一斉にとびたっていく──
わぁっ……と声を上げて、少女は両手を空へと伸ばしくるくると回った。
どこまでも無邪気なその姿を
ただ呆然と見つめる
ああ 俺は
今日だけで一体
何年分の驚きを経験しているのだろうか
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