![7f9f7042-ea0d-4a30-b317-60be6495139a](https://img.estar.jp/public/user_upload/7f9f7042-ea0d-4a30-b317-60be6495139a.jpg?width=800&format=jpg)
────その森を、シュヴァルツヴァルト、という。
森、と呼ばれてはいるが、もはや樹海と言った方が正しいかもしれない。
恐ろしく広く、深く、そして暗い。
〝ひとたび迷えば二度と戻っては来られぬ──〟と、里の住人はおろか狩人さえ滅多に足を踏み入れる事のないその森は、まっすぐに背を伸ばす黒い針葉樹が競いひしめいて空を覆い、脱落者は光を手にすることなく折り重なって朽ちていく。
西に
聳える高い山々は複雑に入り組み、
頂は常に解けない雪で閉ざされていた。理不尽な冷たい重圧を訴える咆哮は山おろしとなり、裾野に広がる丘陵地帯は絶えず吹き晒される運命にあった。
どこまでも起伏が激しく、平地はほとんどない。
巨大な湖と山の雪解けを水源として多くの川が流れ、急激に落ち込む断崖や峡谷、岩の隆起が連なる丘があり、また南西の果ては数百年前に大地が口を開けて森の一部を
呑み込み、今は切り立った絶壁が囲う大樹の一帯となり──
そんな森は、そこに
棲む住人──ここでは主に動物たちを指す──にとってもまた、弱者は容赦なく淘汰されていく世界だった。
枯れ果て、黒い苔の
蔓延る倒木。
何処かの者の糧にされ散った敗者の骨。
どこまでも色のない景色。
大地より見上げるは虚ろな空。
その様相は、まさに名のとおり────『黒い森』だ。
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