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(世界の理そのもの、だな)
光も碌に届かない森を歩きながら、俺は足元に目を落とした。
苔むして横たわる巨木をひょいと跨ぎ越す。──これが力の無いものの末路だ。
弱ければ死ぬ、勝者だけが生きることを許された地。誰もが畏怖する神聖な森。
(まさに──俺が棲むに相応しい)
いたる所に倒れ伏す木が行く手を阻む。無残に樹皮の剥がれ落ちた枝を尚も伸ばす様は、まるで生ける者の足を掴み諸共に朽ち果てんとあがいているようにも映る。
俺は枝のひとつを踏み砕いた。──見苦しい。
宿り木に羽を休めるカケスが目を覚まして、俺の姿を認めた途端ジェー、ジェーと耳障りな声を上げて羽ばたく。安定もしないうちに枝を離れ、蹌踉めくように飛んでいくのを横目で一瞥して歩みを進めた。
鳴き声は高く反響し続けて止まない。仲間たちへの警戒の呼びかけだ。好きにするといい。
(今日は鳥どもに用はねぇよ。食べごたえも大してないしな)
冬の気配が色濃く立ち込め始めた時期にしては珍しく、この日は気温も穏やかでいい天気だった。
いつものように、森の巡回がてら樹上の窪みにもたれて昼寝をしていると、草を踏みしめる小さな音を拾った。
それが二足歩行──ヒトだとわかり、今、俺はその足音を追っているのだ。
────この森に人里の者が入り込むのは何時ぶりだろう。
面倒な事だと思う一方で、久方ぶりの侵入者の気配に気分は高揚し、口の端が笑みの形に歪んでしまう。……これも性というやつだろうか。
俺は足音に先回りするように、茂みの中から小道へと出た。
じき、招かれざる客はここを通りかかるだろう。服についた葉と小枝を払って、軽く伸びをしながらぐるりと辺りを見渡す。
「ここまで下りてくるのも久しぶりだな……」
忌々しい人里の者たちが長い年月をかけて踏み固めたこの道は、鬱蒼としてはいるものの深部に比べれば格段に明るく、木漏れ日が顔や肩にこぼれ落ちる。
目の奥を刺激され、顔を顰めて空を睨んだ時だった。
────来たな────
ぴくり、と耳が反応する。
背後から、擦れた音が聞こえた。小道の所々に生えている草を踏む音……まだ少し距離があるが、間違いなくこの道だ。──近づいてくる。
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