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tat.1-01
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tat.1【花】…Rotes Mädchen…
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01
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これまで誰にも気にとめられる事なくひっそりと咲き誇っていた花は、笑顔で手を伸ばしてくる存在を歓迎するかのように揺れて笑う。
「あぁ……本当に綺麗。『黒い森』にもやっぱり花は咲いているのね……」
小鳥の囀るような声でつぶやきながら、花の湖に身を沈め冠を編む少女。
くるくると器用に花と花が茎で結ばれていく。
既に彼女の頭には同じものが乗っているのだが、いったいいくつ作るつもりなのだろう。
ここは、俺が『黒い森』の中で唯一知る花畑だった。
それほど大きな場所ではないし、咲いているのも小ぶりの、それもあまり主張しない色の草花ばかりで、人里で売っている観賞用の花と比べてしまえばお粗末なものだろう。
それでも、少女は嬉しそうにその素朴な花を詰む。
俺は陽の光の下に出るのはどうにも気が進まず、少し離れた木陰で、苔の張り付いた岩に腰掛けていた。
黙々と作業に勤しむ小さな背中を眺めていると、ふいに蝶が現れて視界の端で舞い上がった。ちらちらと揺れ動くそれに己の胸の内を見た気がして、無意識に手で払う。
(どうかしてる)
先ほどから、頭を巡るのはそればかりだ。
────襲えなかった。
この、小さな赤い色を。
少女の首から肩ヘの線はケープの上からでもひと目でわかるほどに華奢で、腕も腰も、そして今は花に埋もれ隠れている脚も、簡単に折ってしまえそうで。
弱い……本当に、弱い存在だ。
(それなのに)
今だって、手元に置かれた籠を奪おうと思えば、それこそ一瞬で事足りる。
後ろからあの細い首を押さえつければいい。
気絶させて置き去りにしてしまえば、この花畑は森の深部、ひとりで出口まで辿り着けるとは思えない。俺が直接手を下すまでもなく『黒い森』が彼女を沈めてくれる。
こんな少女、どうなろうと。
(俺には関係ない)
この森に入ったものは総て、俺のものなのだから。どうしようと俺の勝手だ。
いつだって、そうしてきた。
それなのに……
────襲えない。
それどころではない。
体を動かすこともできないのだ。──目を逸らすことさえ。
「……ありえねぇだろ……」
無意識にこぼれ落ちた言葉を嘲笑うように、花が揺れた。
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