きみを失くさない魔術師たち

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■  大陸北端の魔術学校校長が生徒に襲われ、秘宝を奪われたという報せを受け、魔導局では捕獲チームが編成された。  逃亡者はほうきで大陸北部の山脈間を移動している。魔術で何らかの迷彩を施していても、容易に見つけられると彼らは踏んだ。  しかし、半日が過ぎ、とうとう日が暮れても、二人を見つけることは出来なかった。 ■ 「まさか汽車に舞い戻って隠れてるとは思うまい。しかしアマラエルは本当に、こういう魔術が得意だな」 「しいっ。でも、私にできるのなんて地味な魔術ばかりよ。幻視とか目くらましとか、そんなの」  既に夜になっていた。汽車は、闇の中を進んでいる。その貨物車両の片隅に、アマラエルの隠匿の魔術がかかった二人はうずくまっていた。貨物車両は無人だが、仮に人と居合わせても見とがめられることはない。 「じきに北方領を抜けるからな。秘宝(こいつ)を使って、私たち二人のことを、大陸中の誰からも忘れさせる。そうしたら自由だ、私たちは」 「とんでもない魔術道具よね。発動方法も簡単みたいだし、見た目には小さな金具にしか見えないのに」 「アマラエルは、自由になったら司書か書店員になりたいんだったな」 「うん。できれば王立図書館で、本に囲まれて働いてみたい。普通の人間として」 「叶うさ。必ず」とリルキストは友人の肩を抱く。 「リルは?」 「私は、私が魔術師であることをひとまず皆が忘れてくれればいい」 「最年少の一級魔術師として、すっかり有名だものね」 「魔力は遺伝する。魔術師は一世紀前に比べても随分減ったから、子孫が残せない同性結婚が認められていない。私の望みは、自分の望む相手と一緒にいることだけだ」  アマラエルが鼻白む。 「結婚したい同性がいるの!? 私聞いてないよ!?」  リルキストは数秒間、半眼の友人を――ぱちくりとした目で――見た。それからこっそりと嘆息する。 「ああ。うん。いや、可能性の話だ」 「なあんだ」 「魔術師直轄の北方領でなければ、アマラエルの結界を張れば、秘宝の発動は感知されないだろう」 「そういう地味な魔術ばかり得意なのも、コンプレックスなんだけど」 「でもお前、空間転移術が使えるだろう? 私あれできないぞ」 「魔法陣を描いてやっとだもの。教師たちみたいに詠唱だけで転移なんてできないし、それで逃げても魔法陣が残るから、感知されてすぐに追いかけて来られちゃうし……」  その時、とてとてと小さな音が聞こえた。見ると、赤褐色のネズミが二匹、二人の足元に近づいてくる。  リルキストの血相が変わった。 「リル、ネズミ嫌い?」 「違う。ネズミは――」  貨物室のドアが、穏やかに開いた。夜にだけ灯されるランプの明かりをぼんやりと背負って、人影がそこに立っている。  教師用のローブ。少し癖のある髪。 「――シーマ教師の使い魔だ」 「二人とも、すぐに汽車を降りなさい。今なら、僕が口をきいてもいい。……リルキスト」 「なんでしょう、教師。あなたが追っ手になるとは、意外です」  シーマが指先をタクトのように振った。アマラエルの隠匿の魔術が解かれ、生徒二人の姿が露わになる。 「僕を捨てて、選んだ道がこれか」  アマラエルが、え、と首を巡らせる。 「振られた女に意趣返しとは、存外卑しくてあらせられる」
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