きみを失くさない魔術師たち

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 彼女がドアを開けると、そこには王立図書館のカウンターがあった。 「ようこそ、……どうしましたか」  カウンターの中にいた若い女の職員が、血相を変えて歩み寄ってくる。それくらい、彼女の顔色は悪かった。  外傷はない。しかし、立っていることも辛い。でも、どうしてそんな状態に陥っているのかが、自分でも分からない。  ひどく寒い。冬なのだ、と彼女は思う。  自分は――誰だっただろう。 「とにかく、中へ」  司書に連れられ、入口をくぐる。  すぐ後ろで、ドアが閉じた。 ■  魔術学校の冬休みは長い。  終業式を終えた正午過ぎ、空は冷え冷えと晴れていた。  生徒たちは次々に寮から家へ向かって、馬車に、ほうきに、汽車に乗り込む。  大陸の中でも最北端にあるその校舎は、雪山に囲まれており、魔術によって凍結を免れている。  高等部の寮の門で、長い亜麻色の髪を揺らしながら、リルキストが赤いトランクを転がした。十七歳の少女はしかし、既に大陸北部でも指折りの魔術師として知られている。 「リル、トランクはひとつ? でもきっと、許容量の三倍は詰め込んであるのね」  そう言いながら追いすがってきたのは、同級生のアマラエルだった。こちらはオレンジ色のトランクを引いている。肩口で切り揃えたハニーブロンドの髪が、ぽんぽんと跳ねた。  リルキストはそっけなく、 「九倍」と答える。 「うわあ。さすが一級魔術師」  感嘆の声を含んだ吐息が、空中で凍り、きらきらと舞った。  前方では連なる銀嶺の狭間を縫うように、漆黒の汽車が汽笛を上げて近づいてきていた。  幼等部の頃から、幼馴染の二人は何度もこの汽車に乗ってきた。 「もうこの汽車に乗るのも、これで最後なんだね」  アマラエルのささやき声には、いくらかの緊張がある。リルキストが、細い顎を縦に揺らした。二人はいつも揃って汽車で寮を出るものの、長期休みを利用して寄りたい街に寄って過ごすのが常だった。故郷など、もう帰り方も覚えていない。  二人はまだ、高等部での学生生活を一年残している。それでももう、この校舎に戻ることはない。  リルキストが振り返った。七つの尖塔を有する校舎は、今日も黒々と尖っている。  その時だった。 「その二人を捕まえろ! リルキストとアマラエルを!」  魔術学校のマビューク教師が、校舎から走ってくる。壮年の男性で、教師用の黒いローブを振り乱していた。  他の生徒たちが騒然とする中、二人は走り出した。小型化の魔術で袖に仕込んでおいたほうきを二人同時に元のサイズに戻して、またがり、舞い上がる。  そこへ、マビューク教師が魔術を放った。 「電光よ!」  リルキストが上半身をねじって振り返り、叫ぶ。 「聖櫃(せいひつ)よッ!」  両者の間の空間に、灰褐色の(はこ)が現れて蓋を開く。マビューク教師の稲妻が、そこに吸い込まれて消えた。  今度はアマラエルが叫んだ。 「花砕風(かさいふう)よ!」  空中の少女二人だけに、強力な追い風が吹いた。ほうきが一気に加速し、あっという間に二人は見えなくなった。  マビューク教師が怒鳴り上げる。 「すぐに魔導局へ連絡しろ! 奴らは罪人だ! 校長を手にかけて、封印庫から『忘却の秘法』を盗んだ!」  そのすぐ隣に、もうひとつの人影が立った。マビュークと背丈は同じくらいだが、痩身で、癖のある黒髪が目元まで隠している。 「シーマ教師か。あの二人は、あなたの生徒だな」とマビュークが忌々しげに漏らす。 「そうです。……校長は眠らされていただけのようですね」 「だからどうした! 封印庫からの術具の持ち出しは上級禁止事項だ」 「あの二人、……極刑を免れませんよね」 「当然だ!」
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