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第一部 第1章 少年少女と意味不明な実情
頭が妙に痛い……。頭の中になにかが流れこんでくる。気持ちが悪い……。
ぐるぐるぐるぐると頭の中がひっくり返され、どんどん、深く沈んでいく……。
あれ? 違う……浮かんでいっている?
「ハッ!?」
大きく息を吸いつつ一気に目が覚めた。
それはまさに悪夢から覚めたという感覚そのもので、全身から冷や汗が出てくるのを実感する。
「……あれ? 僕……」
なにをしていたっけ?
ありえない勢いで頭の中に疑問が次々となだれこんでくる。ここはどこで、なにをしていて……、これからなにをして……、で……
自分はだれ?
波のようにくる疑問が頭をよぎりつつも、だんだん頭がすっきりしてきた。
やがて、机にうつ伏せになって寝ていたことを理解できるようになった。
ゆっくりと顔を上げて、あたりを見渡す。教室……いつも使っている……教室? でも……薄暗い……明かりがついてない……。
そして……だれもいない……。
寝起きという状況もあり、うまく整理が追い付かない。
ひとまず確認。自分の名前は『東一樹(あずまかずき)』、小学三年生……。そして……
「……そして……」
それ以降は……どういう説明を……すればいい?
ふと、教室の前に張り付けられた大きな黒板が目に入った。薄暗くてはっきりとはわからないが、白のチョークで文字が書かれているらしい。
その文字を見ようとするが、どれだけ目を凝らしても視界のぼやけは取れない。
そこで自分は普段、メガネしていることを思い出した。
寝ていた机の端においてあったメガネをかけていま一度、黒板に目を通す。
『視聴覚室まで』
フリガナも振ってあった。
「……視聴覚室……」
って……どこだっけ……。
頭を押さえながらメガネをかけた状態で教室をもう一度見渡す。
本当にだれもいない……というより……“いた形跡がない”……。そういえば、……荷物とかは……、ランドセルは?
まだまだ疑問は途切れることなく襲ってくる。ただ、それをいまどうこうできる気はしなかった。
いま頭の中でひたすら繰り返されているのは『視聴覚室まで』という文字。
それ以外の道は思い浮かばなかったので、ひとまず教室のドアを開けた。
廊下もまた薄暗い……、しかも、やたらと静か……。
やはり、人のけはいはない……。廊下から窓の外を見てみるがやはり人はいない……。
「……うん?」
ふと右の奥のほうから物音が聞こえてきた。その廊下の先、突き当たりにある教室が目に入ってくる。
ドアの上に貼ってあるプレートには『視聴覚室』の文字。
あわせて、その教室からはたしかに人の声と照明があった。
慌てて駆け寄り、視聴覚室のドアを開く。入るより先に、中にいた人たちの視線がこちらに向けられた。
視聴覚室には長机がいくつも連なって配置されていた。
ざっと縦四列、横に十行ほど……、その教室内に、一樹以外の児童がバラバラに散らばっている。
壁にもたれかかるものや、一番前で座るもの、教室の端で小さくうずくまっているものなど多彩……。
「おっ、またひとり来た……これで六人目だね」
真っ先に声をかけてきたのは背が高い女子だった。椅子に座らず机にそっと腰に手をかけたまま手を振る。
肩にかかる程度に髪を伸ばしたその女子はそっと腰を浮かして、こちらに向かって近寄ってきた。
「あたしは六年の三好奈美(みよしなみ)。君は?」
「……え? ……あ、えっと……」
三好奈美と名乗る女子は、白シャツに薄い水色のGジャンを来ている。
そして、黒を基調としたショートパンツからやたらと長い素足が見えて、見てはいけないと思いつつ、視線がそちらに吸い寄せられて……。
「おい、いきなり声かけて名前聞きだそうとするの、やめたほうがいいんじゃねえ?
お前に声かけられた相手みんな……ていうか、そいつ含めてふたりだけど、戸惑ってんじゃねえか。
なんもわかんねえ状況なんだからさ」
次に声をかけてきたのは男子。背丈から考えて、この三好奈美と同じ六年生だろうか……。
白とネズミ色のしま模様がついたシャツにベージュ柄のラフなカーゴパンツ。特徴的なのは明るい緑色のカーディガン。
短髪で髪を荒っぽく横に流している。
「じゃあ言うけど……響輝(ひびき)くんは、いまの状況をこの子に説明するところから入れる? できるんなら、ぜひあたしにもお願いしたいんだけど」
「……そ……そりゃぁ……できないけどさ……。俺もわかんねえし」
壁にもたれかかった響輝と呼ばれた男子はカーディガンのポケットに手を突っ込む。そのまま小さく首を動かし目をそらした。
「ほらね。こんな状況じゃ、できることとしたら話しかけて自己紹介しあうくらいなんだよ。
あたしはこのなかで四番目に来たけど、響輝くんは何番目?」
「……一番目……最初に入ったよ」
「じゃぁ、みんなに声をかけていくべきだったとあたしは思う。
そうでなければ、こんなピリピリした雰囲気にはならなかったんじゃないかな」
……たしかに、全員が距離をおいており、会話をしているのはこのふたりだけ……。
いや……ひとりだけ、このピリピリした雰囲気とは程遠いほど、ニコニコと笑っている人がいる。
「あたしたちはこのなかじゃ最年長なんだし、もっと考えないと」
三好奈美の説教を聞くのが嫌になったらしい。響輝は完全にそっぽを向いてしまう。
「ほんと、頼りになるお兄さんだね、響輝くんは。……ちなみに、彼は脇(わき)響輝くん。あたしと同じ六年生らしいよ」
三好奈美もあきらめたらしく、さらっと皮肉ぶちかまして、またこっちに視線を向けなおした。
「ごめんね。響輝くんも、この状況に困惑してどうしたらいいのかわかっていないみたい。
……といっても、あたしだってなにもわかってないんだけど……。
でも大丈夫」
三好奈美は胸を張ってこぶしを心臓部にあてがう。
「お姉さんに任せなさい!」
……正直にいえば頼りないとは思った。
見た感じおとなはいなさそうだし、目の前の女子は自分でなにもわかってないと言っちゃったし……。
でも……、この状況では頼る相手がこの上級生にしかいないのも事実。
「……僕は……東一樹……」
そう、メガネの右のフレームをつまみながら自己紹介した。
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