第3章 恐れと戦うための勇気

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第3章 恐れと戦うための勇気

 この場にいる全員が、特別教室棟へと消えていく謎の女子である柳生文音の後ろ姿をただ黙って見ていた。  その沈黙は消えたあともしばらく続く。  ほぼだれもいない学校というのは異様なまでに静かだ。それを実感させられる時間がただただ過ぎる。 「ま……まぁ、とりあえず……図工室に……行こうか……。余計なことは一切せずに」 「……悪かったね、よけーなことして。あ、試しにこの放送室でも開けて見いひん? ……いや、ごめんって!? ジョークやって! うちがボケてんから突っ込んでくれやな。  ……いや……ほんとゴメン、……そんなにらまんでもえーやん……」  もはや、にらむというよりは、あきれたようなジト目になっている奈美の視線が喜巳花のおしゃべりな口をおとなしくさせる。  ただ、奈美はその後にすぐ小さくニコリと笑う。 「でも、空気を和ませようとしてくれているのはわかるから。ありがとう」  その言葉は皮肉ではなさそうだった。 「くだらない話は終わりにして行こうぜ。さっきの感じだと、廊下には化け物うろついていなさそうだしな」  響輝の声掛けでもう一度図工室に向けて歩みだそうとした。  しかし、そんななかでひとり、角に隠れたままじっと丸まっている子がいた。  ビクビクと震えたまま動こうとしない綺星。 「……そりゃそうだよね」  奈美がやさしい笑みを浮かべつつ、うなずいた。ゆっくりと綺星のほうへと近づき、そっとしゃがむ。  綺星の頭をなでで顔を上げさせつつ、視線の高さを合わせた。 「もう大丈夫だよ、化け物はみんな倒しちゃったから。怖い思いさせてごめんね」  ぐっと綺星の頭をかかえて自分の胸の中に押し当てる。 「大丈夫だから……、お姉ちゃんたちに任せてくれたらいいからね。ひとまずは安全な場所まで移動しよう。すぐそこだから……ね?」  ……安全な場所なんて……本当にあるのだろうか。そんな疑問はすぐに沸いたが、この場で言うべきことではないこともすぐにわかった。  そんな不安をあおるようなことはするだけ無駄なこと。  いまの一樹たちにできることは、図工室が安全な場所であること、やすらぎを得ることができる場所であることを信じて目指すのみ。  やがて、綺星も立ち上がり、奈美と手をつなぎつつ歩き始めた。  歩きながら、やがてもう一度廊下の突きあたりに到達した。まずは響輝が角を曲がり、あとで一樹たちも曲がる。  すると目の前に広がったのは、廊下の床一部を隠すように倒れたランチルームのドアだった。 「……なんか……やべーな……」  響輝の感想は実にシンプルだ。だけど、その表現は目の前の状況を説明するにピッタリだとも思えた。  化け物の力で強引に吹っ飛ばされたドアは大きくゆがみ曲がっている。  まだレールに乗っているほうのドアもかなり曲がっており、これではスライドさせることはできなさそう。  窓は完全に割れており、ガラスが廊下に細かく散開している。外窓や壁とは違い、内ドアや窓の強度は普通のものらしい。  響輝がドアをゆっくりと踏みつつランチルームの中をのぞく。しばらく首を振り中を見渡し、やがて体を引っ込めた。 「……見た感じは大丈夫そうだな……。これ以上深く入る必要もないだろう。通り抜けるぞ」  そういいドアをまたぎ向こう側へ歩く響輝。進められた足が床に散らばるガラスを踏みしめ、なんとも言えない音が走る。  そこで、そういえばと思い、自分の履いている靴に視線を落とした。  いつも学校で履いている上履き。一応裏を確認してみると、底に付いたゴムはそれなりの厚さになっているとわかる。  奈美も同じことを思っていたのか自分の上靴を触ってたしかめている。 「たぶん大丈夫だと思うけど、一応気を付けてね。できる限りガラスは踏まないようにしよう」 「え?」  そんなだれもがうなずくような忠告に対しガッツリと聞き返したのは喜巳花。そして、ただいまガラスを踏みしだき中……。  喜巳花の踏み足と共にパリパリ音がなる。 「……氷か!!」 「それや! ナイスツッコミ! それを待っててん!」  瞬間、喜巳花の頭が奈美のこぶしによりポカンと殴られていた。 「ケガ覚悟でボケをかますその勇気と無謀は本当に目を見張るものがあるね。  その気持ちが前に進むほうに使われることが心から楽しみだよ」 「ドツキ漫才は好かんわ~」 「はい。綺星ちゃん。気をつけて渡ろうね~。あのお姉ちゃんは悪い見本だから真似しなければ正解だよ」 「反面教師!?」  奈美が綺星の手を握ったままドアの上を歩いていく。その横でガラスを踏みながら追う喜巳花。  そんな三人の背中を見ている一樹とライトという図式。  一樹も倒れたドアの上を慎重に歩こうとした。 「……相変わらず緊張感のない方たち」  ふと、後ろからそんなライトのつぶやきが聞こえた。 「……たしかに。でも、あれくらいのほうが僕はいいかも。あんまり緊張感しかない空気だと、気持ちが滅入っちゃうよ」  一樹が振り向くと、ライトは少し足を止めたがすぐに一歩近づいた。 「それはそうなんでしょうね。ああいう人たちがいると、まだ少しは気が楽になって、精神も安定するんでしょう」  そういいドアの上に足をかけるライト。そんなライトの後ろ姿を見て、いまのうちに言っておこうと思い、口を開く。 「ところでさ……、ライトくん。さっき、化け物におそわれていたとき、僕を助けてくれようとしたよね?  このウエストポーチを借りようとしてくれてた。  本当にありがとう」  一樹のお礼が想定外だったのか、ライトは一瞬、目を見開いた。 「いや……でも、たぶん僕が代わっても、あの状況は変えられなかったですよ。あのピンチを脱せたのは、あの柳生文音さんという方のおかげでしょう。  というより……いきなりあの数での攻めは……普通はどうしようも」 「たしかに……。もしこれが響輝くんの言うゲームだとするなら、随分と理不尽な展開だよね……。  チュートリアル終了後の初戦闘でいきなりピンチとか……。  まぁ、要はゲームじゃないって話で済むんだろうけど」 「それは間違いないですね。僕たちはゲームをやっているわけではない……。  気持ちをごまかすためゲームであると考えるのは名案です。  しかし、同時に自身の命がかかっていることも認識しなければなりませんよ」  ふたりはドアを完全の乗り越え待っているみんなのもとへ歩き続ける。  見た目は一樹と年齢差などまるで感じられないライト。しかし、……。 「……ないというか……ライトくん、君っておとなっぽいね」 「……東さん、君だって十分おとなっぽいと僕は思いますよ」  ……その返しがおとななんだよな……。たぶん、そう感じるのは丁寧語で話すせいなのだろう。 「……別に敬語じゃなくてもかまわないよ。こんな状況でかしこまらなくても」 「ありがとうございます。でも、僕はこっちのほうが安心するので」  そういい、ライトが一足先に奈美たちのもとへたどり着いた。
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