第3章 恐れと戦うための勇気

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 ***  目覚めてから初めての夜が来た。  三好奈美は南側の窓からとうの昔に太陽など落ち、闇に染まった外の世界を見ていた。あたりに明かりというものはなく、外は完全に闇に包まれてしまう。 まったくもって信じられない話ではあるが、このどこまでも続きそうな闇を見ればふと考えてしまう。 「……人類滅亡……」  質の悪いジョークだ。笑えもしない。人類が滅亡したというのならば、もっと世界はとんでもないことになっているよ。  ……いや、人がいないからこそ、静かなのか……。 「三好、じゃあとりあえず俺さきに寝るけど。なにかあったらいつでも起こせよ。つらくなったら交代するからよ」 「うん。ありがとう。交代まではゆっくり休んでて」  夜、当然奈美たちは睡眠をとる時間だ。だけど、全員がなにも考えず一斉に寝るのは危ないと考え、見張り番を立てることにした。  ひとまず交代でひとりは目を開けておくという形になっている。 「じゃぁ、電気消すよ」  図工室の照明スイッチにまで手を伸ばす。だが、ふとスイッチに手が触れたところで少し止まる。 ここで照明すべてを消すのは危険だし……、そもそも暗闇で起きているのはつらい。半分だけ照明を消して、明かりは残しておくことにしよう。   半分の照明が落ち、響輝も横になったのを確認してまた、南側の窓に視線を向ける。そこでふと通常教室棟のほうに明かりがあることに気が付いた。  廊下越しで、ある部屋の明かりが漏れている。 「……そういや、視聴覚室の電気、つっけぱなしだったか……」  だからと言って、こんな夜中にわざわざ照明を消しに行く気にはなれない。そのままでもいいだろう。  照明のつけっぱなしでわざわざ怒るような人はいない。いてくれたら、むしろありがたいレベルだ。  一応、懐中電灯も見つけてはあるが、だからと言って無理に使う必要もあるまい。夜中の行動は控えるに越したことはないはず。  一通り窓の外で異常がないことを確認したあと、今度は廊下側の窓で椅子を用意し座り込んだ。  もし、化け物が来るとすれば廊下側だ。なら、見張りとしているべき場所はここ。  考えたくもないが、もし窓から化け物の姿が見えた場合、飛び出して戦闘か……。いや、さすがに全員を起こすか。 「……にしても……ふぁあ……あ」  思わずあくびが出てしまう。やはり、相当眠気はたまっているらしい。この時間見張るため昼寝は取っていたのだが……どうも……。  夜で全員が寝てしまえば、静けさが最高潮に達するのもまた原因か。  目をこすり、首を何度も振って意識を保つ努力をする時間が続いた。 「あの……奈美ちゃん……奈美ちゃん……」  遠くから声が聞こえる気がする……。  違う……耳元だ…… 「うん? えぇ? ……あぁ……」  少し遅れて綺星に声をかけられていたのだと理解。慌てて顔を上げて首を大きく振る。 「寝てない。……あたし別に寝てないよ」 「…………」  ……綺星にものすごいジト目で見られた。 「……で、どうしたの?」  顔を落とし綺星を視線を合わせて聞く。綺星は少し顔をうつむかせ、遠慮がちにボソリとつぶやいた。 「……その……トイレ」 「……あぁ」  そりゃぁ、声をかけるわ。夜中のトイレだけでなく、こんな状況なのだから……あたしだってひとりで行こうとは思えない。 「いいよ。ちょっと待ってね」  座っていた椅子から立ち上がり、寝ている響輝を起こそうとする。だけど、スヤスヤと寝ている響輝の姿を見て思わずためらってしまった。  代わりに、壁にかけられた時計を見る。  寝始めたのは十時で、いまは一時。この三時間なにも起きていない。廊下に化け物がうろついている感じもないし……。  実は思っていたほど心配しなくてもいいのかもしれない。 「行こっか」  綺星の手を取り、音を立てないよう静かに廊下を出た。  懐中電灯を片手に廊下を照らしつつ足を進める。  トイレがあるのは通常教室側のほうだけだ。三階なら視聴覚室の奥がトイレの場所だった。ついでに照明も消せるし、一度行っている場所なのだから、そこでいいだろう。  歩いていると、ふととなりで綺星が口を開いた。 「ねぇ……屋上には……出られないのかな?」 「屋上? ……考えなかったな……」  そういえばそうだ。三階……すなわち最上階であるはずだが、階段は二階に向かうほうだけでなく、上側にもある。すなわち、屋上に出られる階段はあるということだ。 「でも……どうだろう……。あたしの記憶じゃ、普段でも立ち入ることはできなかったと思うからね。  ……鍵がかかってて出られない気がするな……。  でも、確認はしておくべきだね」  確認をするなら明日かな? そんな風に思いつつ、足はもうすぐ視聴覚室に付くころになっていた。  最初、視聴覚室から漏れる明かりにかなりビクリとしたが、冷静に深呼吸して歩み寄る。  化け物にも遭遇しないし……ひとまずは安心かな……。  だが、視聴覚室の前を通る直前だった。ピタリと綺星が足を止める。そのまま、ぎゅっと奈美の手を両手でかかえるようにして近づいてきた。 「……ど……どしたの? なにかいた?」  質問するも綺星は握る手を強くして必死にしがみつくばかり。 「や……やめてよ……」  まるで幽霊でも見たかのような反応。こんな雰囲気じゃおかしなものが見えてもおかしくないのだから、そんな反応されたらマジで怖い。  年上として怖がる仕草は意地でも見せたくないが……。 「……ねぇ……聞こえない?」 「聞こえる? ……なにが!?」  恐怖のあまり、思わず強い口調で聞き返してしまう。口から出たあと失態に気づき口をふさぐが、それも綺星はまったく気にしていないもよう。  むしろ、それ以上に気になることがあるようで、必死に奈美の服を引っ張る。 「……ほら……カンカンって……聞こえない?」  そこまで言われて、奈美は少し冷静さを取り戻すことができた。代わりに耳に神経を研ぎ澄ませる。すると、たしかに耳に音が入ってきた。 「……たしかに聞こえる……。なんだろう……」  まさにカンカンという音。一定の間隔でなり続ける音。なにかがたたかれている音だとは思うけど……。  奈美も深刻になってその音に聞き言っていたが、ふと綺星の姿を見て意識を彼女のほうに向けた。 「大丈夫だよ。気にしなくて大丈夫。さっさとトイレ済ませてこよう」  わざと大げさに笑みと明るい口調で綺星の背中を軽くたたいた。
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