第3章 恐れと戦うための勇気

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「ここにいててよ……絶対だよ」  トイレの前で綺星に念をひたすら押される状況が続く。 「わかったから、大丈夫。ずっとここで待ってるよ。だから行っておいで。あんまりしつこいと振りに聞こえてくるよ」  綺星はずっと奈美の手を握っていたが、やがてゆっくりと手を離しトイレの中に入っていく。 「絶対だからね!」 「もう、絶対振りだよね!?」  むしろ、ここから離れてほしいのか!?  ビクビクし続ける綺星の声を聞いてむしろ、ちょっとほっこりとしてしまう。 「……ほんと、じらしてくれてありがとう。時間を作ってくれたおかげでお化け屋敷をじっくりと楽しむことができそうだよ」 「え!? ……お化け!? え!?」 「……ゆっくりとお花をつんだらいいよ」  新垣綺星、彼女は皮も肉も知らないような、至極純粋な子であった。  綺星がトイレの個室に入ったことを確認し、トイレの入り口近くの壁にもたれかかった。  暇をつぶすものなどなにもないため、ここでじっと待つことになるが……。  やったらと静か。間違いなく「シ~ン」ってやつ。  さっきまで綺星と会話をしていたからこそ、余計にそう思えるのだろう。視聴覚室の照明がついているだけまだよかった。  もし、明かりが懐中電灯のみだったら、より一層だっただろう。  でも……、綺星が言っていた音はまだ続いている。周りが静かであるがゆえ、余計その音がはっきりと聞こえてくるようになる。  不気味さがより際立ってくる……。  この音はどこからきている? 近くではなさそう……。しかし、なんの音だ? やはり、化け物が発生させている音なのだろうか……。  定期的に物をたたく音だ。化け物がドアを何度も打ち付けるのは見てきた。あれと似たようなものと考えていいのだろう。  でも、やはり……ずっと聞こえるのは不気味だ……。 「綺星ちゃん? 大丈夫?」 「……出ない」 「……そう。ゆっくりどうぞ……」  まぁ状況も状況なのだから、緊張してしにくいのだろう。せかしたら余計長引くのは目に見えているのでそっとしておこう。  綺星のトイレを待っていると、やっぱりなにかと考えてしまう。そして、特に頭の中で繰り返されたのは綺星のある言葉。 「……屋上……か……」  ポケットに入れていた地図を手にして懐中電灯で照らしてみる。一番近くにある階段はすぐそこ、五の三と六の一教室の間。  ただ、地図では屋上につながる階段があるのかはわからない……。  少し後ろに視線を送る。  綺星はまだまだ出てくる感じがない。……確認だけならほんの数分で済むし……。試しに……少しだけ……。  ***  新垣綺星はひとりトイレにこもっていた。さっきまでずっとおしっこがしたかったはずなのに、便器に座ると途端に出なくなっていた。  たぶん、……この状況が怖いんだと思う。  トイレの電気はつけたものの、なんとも薄暗い。しかも、冷たい風が吹くし……なんかもう、いろいろ引っ込んでしまう。  やっと出し切ったとき、すでにかなりの時間が立っていたように思えた。  後処理をして個室のドアを開ける。 「奈美ちゃん、終わったー」  声に出しながら手を洗う。でも、来ると思っていた返事はなかった。代わりに遠くから叫び声が聞こえた気がする。  小さな叫び声が耳に入ったあと、すぐに手洗いの水を止める。だけど、二度目はない。静かだ……。 「……奈美ちゃん?」  トイレのドアをそっと開けて見る。やはり、奈美の姿はそこにはない……。 「……うそ……どこ? ……どこ?」  なんで!? 絶対待ってるって言ってたのに!? ……なんで? なんで!?  状況がわかった途端、急激にいろいろな感情が押し寄せてきた。恐怖、孤独、不安……いやな感情ばかり……。 「……奈美ちゃん? ……ねぇ……?」  どうしよう……。どうしよう……。どうしたらいい?  困惑が頭の中にひたすら回る。そんななかで、耳元からある声が聞こえてくる。 「べぇぇぇ…………」 「……っ!?」  この鳴き声……!  全身が固まってしまった。金縛りにあったみたいに体が動かない。まぶたにたまった涙がほおを伝って床に落ちる。  かろうじて首だけを動かし、そこの声の主を見た。 「キキキッ……」  首をカクカクと揺らすそれは、……赤い毛を持つ化け物……。 「……っ!? ……っ!!」  口を動かすがまともな声が出ない。化け物は張り付けた仮面のような笑みでこちらを見てくる。  しかも、そんな化け物が三体もそろっていた。  とっさの判断でトイレの中に駆け込もうとした。でも、次の瞬間には化け物も襲い掛かってくる。  ドアを閉め切ろうと一気に押したが、締まりきるより先に化け物の体当たりがぶちあたる。 「きゃぁああああああ!? こないで!? こないで!? こないでぇ!?」  必死にドアを押さえるが、化け物の腕がドアに挟まり、まともに締められない。むしろ、ドンドンとドアをたたく力が強くなる。 「……なんで? ……なんで?」  もう抑えきれないと思い、今度は個室のドアに駆け込もうとする。だが、押さえていたドアから離れた瞬間に化け物は流れ込んでくる。  個室までかけようとしたのだが、足がもつれて床に倒れこんでしまう。それでもなんとか床を這いながら、奥の壁までたどり着く。  それでも、化け物はすぐそこまで迫ってきていた。 「……やめて……やめて……」  力ない声を上げ、必死に首を振る。でも、化け物はそんな綺星の言葉など聞いてくれない……。 「……だれか……助けて……助けて!!」 「助けて? こんな状況で君はだれの助けを求めるという?」 「……え?」  ふと、声が聞こえる。綺星を囲むように立ちふさがる化け物の後ろからだ。 「変身」  その言葉と共に、一番後ろにいる化け物が壁にたたきつけられる。  声をかけてきたのは……柳生文音だった。
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